26.宝 冠 の 行 方



 キルケーの島から戻ってしばらく経ってからのある晩、ファントムがエローラの店で夕食を終え、オクスとヴィットーリオと共に外へ出てみると、オルフォイア通りが一面の雪景色に変わっていた。
「今日はやけに寒いと思ってたら、いつの間にか積もってやがる」
「雪とは珍しいなあ」
 雪と聞いて、エローラたちも急いで外へ出て来た。
「まあ、綺麗!」
「タウに雪が積もるなんて何年ぶりだろう」
「これをほっておく手はないわ」
 エローラたちも店を開けたまましばらく外を歩くと言う。そこで全員揃ってオルフォイア通りを市場の方へ向かって歩き始めた。あちこちで貧しい家の子供たちが出て来て雪遊びをしていたが、ファントムたちも子供のように、降り積もった雪の上に足跡をつけてはしばらくはしゃいでいた。
「そうだわ、海岸へ行ってみましょうよ。港の灯りに雪が映えて、きっとロマンチックに違いないわよ」
 ヴィットーリオが美的センス抜群と太鼓判を捺すエローラの提案で、六人は六番街をアルコ港の方へ下って行った。しかし港に着くと、六人は海岸通りで雪合戦を始めた。早くも雪がやんでしまったからだ。
「もったいないから、融ける前に――」
 有効活用しようということで、雪合戦なのだそうだ。しかししばらくすると手もかじかんできて、みんな雪合戦にも飽きてきた。
「ちょっと冷えすぎたわ。お肌に良くないし、もう帰りましょうよ」
 エローラが言い出した。
「そうだ、貴重な時間を無駄にしてしまった。幼児のように雪合戦に興じるなんて、一流の学者として恥だ」
 ヴィットーリオも勝手な理屈をこねだした。
「ちぇっ、せこい考え方しかできねえ奴らだ。小市民はやだねえ」
 オクスが言ったが、そのままみんなアルコ大橋の袂から五番街に入った。雪がやんだと思ったら、たちまち空が晴れて、今まで隠れていた満月が顔を見せた。
「まあ、月明かりだともっと綺麗ねぇ」
 満月の光は、街じゅうに降り積もった雪の白さを一層白くして見せた。
「さあ、一杯ひっかけて、冷めた体をあっためるか」
 シーファー周旋所の手前まで来ると、オクスは舌なめずりしてリーブラ通りへと入って行こうとした。
「一体どっちが小市民なのよ」
「おい、またかぁ。ここんとこ毎日だろ。無駄遣いばかりするなよ。金が入るとすぐこうなんだから」
 ファントムがたしなめたが、オクスは、
「馬鹿。酒飲むのがなんで無駄遣いなんだ。金がなくなりゃまた稼げばいいのさ」
「やっぱり無粋な小市民だわ」
 エローラが馬鹿にしようと、オクスは平気で酒場の灯り目指して一人で歩いて行く。
「待て」
 今度はヴィットーリオが言った。
「なんだ、おまえまで余計なお節介する気かよ、ヴィットーリオ」
「違う」
 ヴィットーリオは何やら気難しげな表情をしている。
「どうしたのよ?」
「たった今、何か変なものが見えたんだ、ほんの一瞬だけどね。だけどそいつが妙に頭に引っ掛かってしょうがない、この僕の優秀な頭脳の片隅に」
 ヴィットーリオはそう言うと、辺りをキョロキョロと見回してみせた。
「見たって、幽霊か何かかい?」
「いや、そんなんじゃなくて、もっと刺激的なものだった」
「何なんだ?」
「わからない」
「ふん、くだらねえ」
 またみんな歩き始めた。
「ああ、待て待て、また見えた。みんなそこを動くな。今度こそそれが何なのか正体がわかってきたぞ」
「あんた、何言ってんのよ。熱でもあんじゃないの?」
 セバスチャンがヴィットーリオの額に手を当てようとすると、
「動くなって言ってるだろ!」
 ヴィットーリオは大声で怒鳴った。
「へん、つき合ってらんねえや。あばよ、大先生」
 オクスは一人でさっさと酒場の方角へ歩いて行ってしまった。
「わかった! おまえだ、ファントム! 見つけたぞ!」
 ファントムは呆気に取られて、
「俺はずっとおまえのそばにいるじゃないか。何わけのわからないこと言ってんだよ。気は確かか?」
「そうさ、ヴィットーリオ、おまえ、勉強のやり過ぎでとうとうイカれちゃったんだよ」
 セバスチャンも自分の頭を指差し、ヴィットーリオを馬鹿にしたような口ぶりで言った。しかしヴィットーリオは全く気にする様子も見せず、
「いいか、ファントム、動くなよ」
 そう言ってファントムに近づくと、両手で腰をつかんでゆっくりと回そうとした。
「何すんだよ」
「いいからじっとしてろ」
 ヴィットーリオは今度はファントムの腰にあるカーマン・ラムゼリーの柄を手にした。
「ファントム、おまえ、いつから剣の鞘を右腰に差してるんだ?」
「それはだいぶ前からだな。トネクトサス沼へ行った時、魚人の水鉄砲で右手首を折られてからここのところ、仕方なく左手一本で使う練習をしてるけど」
「なーるほど、映った」
 ヴィットーリオが目をやった地面には、真っ白な雪の上に紅色の楕円が怪しく浮き出ていた。
「何だ、それは?」
「動くんじゃない! このままじっと柄を押さえていてくれ」
 ヴィットーリオは雪の上に映った紅い楕円に近寄り、しばらくそれを観察していた。
「ははあ、とうとう解けたぞ、カーマンの眼の謎――」
「じゃあ、それが富の宝冠の秘密か?」
「そこまで行くにはまだ早い。しかしこれで必ずや秘密が明らかになるはずだ。必ず解いてみせる」
 ヴィットーリオはそう言うと、懐から紙を取り出し、紅の円の上に載せた。楕円は紙の上に移動した。そのまま取り出したペンで、紙の上に映った模様をなぞっていく。
「そして、あった、こんな所に黄色い点が」
 ヴィットーリオは嬉しそうに言いながら、またファントムに指図した。
「今度は柄を裏返しにしてくれ。青い方が映るはずだ」
 ファントムが剣の柄を裏返しにして動かしていると、やはり満月の光を受けて、青い楕円が雪の上に映し出された。
「そのまま、そのまま」
 ヴィットーリオは再び紙を取り出し、青い楕円の中の模様も丹念に写し取った。
「白い点はこちら側にある。これで赤と青の間から、黄と白を取り出すことができた」
「やったな。とうとうガブリエルの謎の一つが解けた」
「偶然と言うにはあまりにもついていた。学者冥利に尽きるよ。今日雪合戦をして本当に良かった」
 それを聞いてみんな笑いだした。
「さあて、これを早速持って帰って、分析するとするか。僕の推測に間違いがなければ、これは地図だ。そして、黄と白の点こそ、まさしく伝説の富の宝冠の在りか」
「じゃあ、すぐに在りかをはっきりさせてくれ。すぐにでも俺が宝冠を探しに行こう」
「まあまあ、慌てるな。今日明日にも運命の時はやって来るさ」
 ヴィットーリオとファントムはエローラたちのことも忘れて、急いでラーケン教授邸を目指した。

 ランプを持って屋根裏部屋に上がると、ヴィットーリオは机の引出しから地図を取り出し、拡げてみせた。
「さあーて」
 ランプの灯を近づけ、しばらく二枚の模様と地図を見比べていたが、やがて明るい表情になると、
「やっぱり思った通りだ。わかったぞ、富の宝冠の行方が!」
「どこなんだ、それは?」
 ファントムも地図を覗き込んで、目を皿のようにして見た。
「ここだ!」
 ヴィットーリオは地図上のある部分を右手の人差し指で叩いた。
「アンデントボーテ山脈?」
「そうだ。そして、黄色の点と白の点は、それぞれスヴァンゲル川の二つの水源に位置している」
 ファントムは少しの間地図と模様を見比べてから頷いたが、
「待てよ。アンデントボーテ山脈の上は鳥人たちの棲みかだろ?」
「そうだ。そうか! わかったぞ! 古代アデノン王の被っていた富の宝冠を奪っていった鳥とは、鳥ではなくて、鳥人だったんだ。間違いない、これで決まりだ」
「ということは、宝冠は鳥人たちが持ってるということか?」
「そういうことだ」
 ファントムは急に暗い表情になった。
「どうした?」
「鳥人が相手とはな……」
「え?」
「ロカスタへ行った帰りに、鳥人たちと闘ったことがあるんだ。あの時はほんとにひどい目に遭ったよ。死ぬところだった。こっちだって奴らの仲間を数え切れないくらい殺したし……。全くついてない。相手が悪いよ」
 ファントムは肩を落としてみせたが、ヴィットーリオは平然としている。彼は落ち込むなどということをまるで知らないようだ。
「ふうん、なるほど。しかしな、ファントム、必ずしも力ずくで奪い取らなくたって、手はいくらでもあるぞ。こっそり盗み出すとか、巧く相手を騙すとか、何かと交換するとか、方法はいくらだって考えられるさ」
「もちろん、力ずくは無理だ。何しろ鳥人の本拠地へ乗り込むんだからな。取引も望み薄だし、やっぱり見られないようにこっそり盗み出すのが一番かなあ。じゃあ、ドラドの力を借りようか。だけどドラドはどこにいるんだろう? パトリオットの長官暗殺の時にユーコン橋の上で会ってから、一度もあいつと会ってない」
 ファントムはまた考え込んでしまった。
「ドラドを仲間にするかはともかくとして、まず綿密な計画を立てる必要があるが、残念ながら、アンデントボーテ山脈に関する情報は極めて少ない。まあ、今はまだ冬だし、時間はたっぷりある。初夏まで待つとして、それまでじっくりと検討を重ねればいいさ」
 それを聞いて、ファントムはとんでもないと言わんばかりに大声を上げた。
「初夏まで待つだって! 冗談じゃない。その何ヶ月かの間に余計な犠牲者が何人出るかわかったもんじゃない。いいか、この世での犯罪や争い事の類いは、その原因のほとんど全てが金なんだ。アヴァンティナ団やセイレーン党なんかは主義のために戦っているのかもしれないけど、それも元をただせば貧富の差から出たことだ。富の宝冠の在りかがわかった以上、一日だって待っていられるもんか!」
 唾を飛ばしながら喋るファントムに、ヴィットーリオは何度も頷いたが、
「ファントム、きみの言うことはなかなか鋭いが、現実問題を抜きにして理想ばかりを言っていても成功はしないぞ。いいか、今は真冬。アンデントボーテ山脈は人も踏み込まない巨大な高山。そして、この宝冠の在りかはほとんど山頂に近い。そこは今頃雪と氷に閉ざされた酷寒の世界だ。そこまで登って行くことがどれだけ困難なことか! それどころか、無謀にもこのまま出発すれば、宝冠の在りかに辿り着く前に、恐らくきみは氷で滑って崖から転落するか、さもなくば凍え死んでしまうだろう。とにかく、馬鹿な考えはよすんだな。きみがもししくじれば、このあと救われる者も永久に救われなくなってしまうんだぞ。わかってるのか」
「うん……」
 しかしファントムは昂ぶる気持ちをどうにも抑えきれなかった。
「とにかく帰ってオクスと相談してみるよ。お願いだ、きみも知恵を貸してくれ、ヴィットーリオ」
「わかってるさ。知恵ぐらいお安い御用だ。だけどな、何べんでも言うけど、早まったことはするんじゃないぞ」
 ファントムは何度も頷いてみせた。
「わかってるよ」
「じゃあ、明日の午、エローラの店で会おう。オクスも連れて来いよ。僕はそれまでに、地理学と気象学の教授にでも意見を聞いてきてやる」
「ああ、ありがとう。じゃあ、明日」
 ファントムはラーケン邸を出ると、すたすたと早足で下宿まで引き返して行ったが、どうにも夏まで待つ気にはなれない。考えながら歩いていると、途中で名案が浮かんだ。
「そうだ、ムーンの魔法があれば、寒さは何とかなるかもしれない。よし、ムーンにも意見を聞いてみよう」

 翌朝、ファントムはオクスを起こすと、二人してモーレー川の向こうのビエラ通りにあるムーンの下宿を訪ねてみた。ムーンは部屋にはいなかった。薄汚い部屋の中は全く殺風景で、寝台以外何も置いていなかった。大屋に訊いてみると、たぶん河原に行ってるんだろうという返事が返ってきた。
「河原に?」
 モーレー川に引き返し、土手道を歩いてみると、すぐにムーンが見つかった。河原に下りて、一人で川面に向かって何かしきりにポーズを取っている。
「何やってるんだ? 新しい健康法か?」
 オクスがムーンの背中に呼びかけた。ムーンは振り返った。
「やあ、オクスにファントムか。久しぶりだな」
「一体何やってたんだ?」
 ファントムは不思議そうにムーンを見た。
「魔法の訓練さ。ナーガの塔で手に入れたデアケルの手袋で、最近は水柱誘導を身につけようと練習してるのさ、また冒険に出かける時のためにね」
 ムーンがそう言うのを聞いて、ファントムは大いに喜んだ。
「そうさ、それさ。また冒険に行くんだ」
「待ってました! 今度はどこへ?」
「アンデントボーテ山脈。スヴァンゲル川の二つの水源に、伝説の富の宝冠があるってことがわかったんだけど、一つ大きな問題があってね……」
「問題って何だ?」
 三人は河原に腰を下ろした。
「今が冬だってことだ」
「今は冬に決まってるだろう」
「山の寒さが気になるんだ」
「春になって、暖かくなってからにすればいいじゃないか。あと一月もすれば春だ」
「富の宝冠は、この世から全ての貧困というものをなくしてしまえる力を持っているんだ。だから一刻も早く見つけ出したい。そこでだ、ムーン、きみの魔法で寒さを何とかできないだろうか?」
 ムーンはしばらく川面を見つめて考え込んだ。川の水は濁っている。たくさんゴミが浮かんでいて、悪臭がひどい。ファントムはすぐに鼻をつまみたくなった。自然の力によって新たに生命を得たスライムたちが、河原にぞろぞろと這い上がって来ている。オクスは足元に近寄って来たスライムの一匹を、ぽんと川の中へ蹴返した。
「まあ、何とかする方法ぐらいあると思うけど」
 ムーンはそう言うと、口の中で再び呪文を唱え、デアケルの手袋をはめた両手をサッと振った。すると川面に水柱がザーッと湧き立った。
「なかなかやるじゃないか。かなり腕を上げたな」
「まあね。ナーガの塔から帰って来て、かなりまとまった金が手に入ったもんで、あれからずっと魔法の修業に打ち込んでるのさ。これからは本職として魔法をやっていきたいと思ってるんだ。あれっ、これからどうするんだったっけ?」
 ムーンは足元の魔法典に目をやった。
「あっ、そうか」
 ムーンは一人で大きく頷くと、両手を動かして水柱を操ろうとした。水柱がゴーっと音を立てて高くなったかと思うと、次にムーンが手を振った時には、座っている三人の方に向かって進んで来た。
「おいおい、どっちに向かって動かしてるんだよ」
 オクスは心配になってきて言ったが、
「心配するなって。ここんとこずっとこの術をやってるから、失敗なんてまずないさ。もうちょっとでマスターできるぞ」
 そう言うと、ムーンは勢いよく両手を振った。
「嫌な予感が――」
 ファントムが言った途端に、汚い水の塊が三人の顔に降り注いできた。
「どこで間違えたんだろう?」
 ムーンは顔についた泥を両手で拭うと、また足元の魔法典を見た。
「まだその魔法は未熟だって、どうして先に言ってくれなかったんだ?」
「おまえの言うことを疑いもしなかった俺たちが馬鹿だったよ」

 三人は午になるとエローラの店へ行った。少しするとヴィットーリオがやって来た。
「おい、ちょっとやばくなってきたぞ。総統政府がとうとう徴兵令を出した」
「何だって!」
「この前議員たちがほとんど殺されて、議会が一時的に消滅していることをいいことに、治安維持予備隊というのを政府の独断で作るらしい。第一回目の徴兵は今月中にも行われ、対象は十六歳から三十五歳までの男子、六千七百名。衛兵隊の監督下に置かれるらしい」
「馬鹿な。衛兵の雑魚野郎どもにこき使われてたまるか!」
 オクスは思わず怒鳴り声を上げたが、ファントムは笑って首を横に振った。
「大丈夫さ、徴兵の時には俺たちはタウにいないから」
「待てよ、言いたいのはそのことなんだ。今朝は用があって大学へ行ってたんだが、この布告のことで大騒ぎさ。もっとも大学に通っている学生のほとんどは金持ちの子弟たちだから、いざとなったら金の力で徴兵を免れようとする奴らがたくさん出てくるだろうけど、そうなるとなおさら、きみたちみたいな屈強な若者には分が悪くなる」
 ヴィットーリオは難しそうな顔をした。ムーンが言う。
「オクスやファントムはそうだろうけど、俺は屈強なんかじゃないぞ。半エルフだしな」
「ああ、ムーンとか僕なんかは別として、とにかく丈夫な貧乏人は危ない。だから貧乏人は町から逃げ出そうとするだろう。しかしそういうことについては政庁はあらかじめお見通しで、つまり僕の言いたいことはこうだ、門からの出入りが厳しく制限されるってことさ。もちろん夜の闇を利用して壁を乗り越えようとする奴らも出てくるから、夜間の防壁警備も厳しくなるだろう」
「ふん、町から出るくらい朝飯前さ」
 オクスは全く気にしていない。
「役人のげすどもが徴兵に来やがったら、この前の税吏みてえに、ケツぶっ飛ばしてやる。もっともあの時はアヴァンティナの下っ端野郎に先越されたがな」
「おい、せめて春まで待つ気はないのか。春は春で、山には雪崩というものが起きて、それでも危険だっていうのに」
「世紀の大魔術師を連れてくから大丈夫さ」
「大魔術師って……、それはもしかしてムーンのことか?」
 ヴィットーリオは目を丸くしてムーンの方を見た。
「決まってるだろう」
 ムーンは胸を張って言った。
「しょうがないなあ。いくら止めても、行くと言ったら聞かないんだから。きっと後悔するぞ」
「後悔なんかするもんか。これも世のため人のためだ。俺たちには大事な使命があるってわけだ。富の宝冠が見つかれば、この世から貧乏が消えて失くなると言ったのは確か、ヴィットーリオ先生、おまえじゃなかったのか」
「じゃあ、せめて僕のアドバイスだけでも聴いて行け」
 ヴィットーリオは空いているテーブルの上に地図を拡げた。三人もそちらの席に移った。
「これは西アンデントボーテ山脈とその周辺の地図だ」
「見りゃわかる」
「残念ながら、アンデントボーテ山脈は人跡未踏の地で、アディオプ、イクスオプ、マクスオプなどの地元民ならある程度の地理を知っているかもしれないが、ご覧の通り、この地図では全くいい加減な描き方になっている。そしてこっちが――」
 そう言うと、ヴィットーリオは例のカーマンの眼から写し取った図の方を取り出した。
「宝冠の在りかと思われる場所は二ヶ所。黄玉が映っていた方がスヴァンゲル川本流の水源、白玉が映っていた方が草原の道に沿って流れる支流の水源」
「一体どっちへ行けばいいんだろう?」
「いい質問だ。その答はこうだ――両方の場所へ行かなければならない。ガブリエルの言葉はこうだった――『黄と白を取りに行け』――ここから推測できることは、宝冠は二つあるということ」
「二つあるのか……!」
 ファントムたちは揃って唸った。ヴィットーリオは深く頷いて、
「少なくとも両方の場所へ行ってみなければならないことは確かだ。これだと水源は結構接近しているから、大した問題じゃなかろうが、そこへ行くまで本流に沿って行くか、支流に沿って行くかが問題だが、支流に沿って行くならば、タンメンテまでは街道で、そこから山に入って行くことになる。もう一つの本流沿いの進路を取れば、オーヴァールに入らずにスヴァンゲル川沿いにアディオプまで行き、そこから山を登って行くことになる。街道を行った方が幾分楽だろうけど、アディオプの住民を案内に雇えるなら、山の中に入ってからが有利になる」
 じっと聴いていたオクスが、
「川に沿って行けば、いつかはお宝に行き当たるんだろ。だったら案内なんか必要ない」
 ヴィットーリオは首を振って、
「滝もあるだろうし、通行不能な険しい所がいくつもあるに違いない。おまけに上の方は雪と氷だ。そう簡単にはいかないぞ。やはりアディオプの住民に案内をしてもらった方がいい。その方が無難だ」
 ファントムは地図をじっと睨んで言った。
「じゃあ、本流に沿ってアディオプまで行くことにしよう」
「それから、これは専門家に聞いてきた意見だが、高山は天候が目まぐるしく変化する。だから道に迷い易く、今時分に行けば、寒さで人間なら確実に凍死する。中腹以上になると、燃やせる物は何もない。暖をとるには余程厚着して行かないと。まあ、あまり足しにはならない意見だと思うけど」
 オクスはムーンの方を向いた。
「おい、ムーン」
 ムーンはわかっていると言わんばかりに、
「ああ。諸物耐久という呪文があるんだ。それを覚えて、まず実験してみよう」
「なんだ、まだ覚えてないのか。そんじゃあ、この前墜落した時みたいになるってことも充分考えられるってわけだな。今度は下手すると死ぬな」
 みんな笑った。ムーンは顔を真っ赤にしながら弁解する。
「この魔法にはサントスの楯という魔法の品が必要なんだ。それを買って何度か試してみるよ。だけど魔法の品を使う呪文は、その品に込められた魔力を使うわけだから、品さえあれば、そこそこの力を発揮することができると思うけど……」
 結局、止めに来たヴィットーリオがいくら忠告しようとも、三人は全く聞く耳持たなかった。実際に痛い目に遭ってみなければわからない連中だった。いや、たとえ痛い目に遭ったとしても、懲りずにまたやるのだ。あのトネクトサス沼で死ぬような目に遭い、二度と冒険はしないなどと思ったのはほんの一時のことだったようだ。
 ムーンは急いでデボン橋の袂にある魔法店へ行き、サントスの楯を金貨七十五枚と引き換えに手に入れた。金は三人で出し合った。
「魔法ってえのは、全くもって金ばかり食いやがる」
 オクスがぼやいた。
「しょうがないさ。宝冠のためだ」

 それから数日かけてムーンが諸物耐久の呪文を覚え、何度か試してみて、これならいいだろうと思えるようになると、三人は早速タウを旅立った。タウを出るにはさすがに苦労した。夜中に防壁を乗り越えると、三人は荷物をつかんで一目散に闇夜を駆けた。もう大丈夫だろうと思われた頃一眠りして、朝が来ると本格的に歩き始めた。サラワンまで四日かけて行ったが、野宿は寒いので、途中は農家の納屋に泊めてもらった。
 四日目にサラワンに着くと、町にはた易く入って行けたが、町じゅうピグニア兵で溢れていた。近々戦争があるに違いない、とファントムは確信した。
「タウの徴兵ってのは、もしかするとこれを見てびびって始めたことかもしれないな」
 オクスが言うと、
「そうだな。どっちにしたって、俺たちは早いとこ宝冠を手に入れてしまおう。そうすれば戦争もなくなるだろうし」
 ファントムはそう答えたが、
「そいつはどうかな」
 オクスはファントムの言葉には頷かなかった。
「ところで、宝冠を手に入れたとして、その時それをどうする気だ? 売るのか?」
 ムーンが訊いた。
「そんなことできるもんか。富の宝冠は王が被ってこそ意味があるんだ。そうすればその国は富み栄える」
 ファントムがむきになると、ムーンは呆れたと言わんばかりの顔をしてみせた。
「じゃあ、くれてやる気か? 一体誰に? 今王と呼べるのは、デロディア王とディングスタぐらいなもんだろう」
 ファントムの顔色が変わった。肝心なことを忘れていた。ムーンに言われて初めて気づいたが、宝冠を被るのなら、なるべく広大な領土を支配している支配者、正確には、支配民の数が最も多い支配者が最適だ。宝冠を手に入れてから、誰に献上するかという最も大事な問題をすっかり忘れていた。
「もし宝冠を被るのなら……」
 ファントムは呟いた。
「デロディア王かディングスタのどっちかしかいねえよな」
 オクスが言った。ファントムは考えた。だとすると――自分の好みから言うと、デロディア王に富の宝冠を被ってもらいたいが、もしピグニアがオーヴァールと戦って勝ったとしたら、ディングスタがこのプレトのほぼ全域を支配することになる。デロディア王は攻められれば兵を動かすに違いないだろうが、自らスヴァンゲル川より東の地域を攻め奪る気は全然ないらしい。そのことは、デロディア王第一の臣下であるサンジェント公の口から直接聞いた。
 ディングスタの方は――こちらはプレト全土を支配する気は充分に持っていることは疑いようもない。このサラワンの様子を窺い見ても、これで終わりとは考えられない。タウでもアヴァンティナ団とセイレーン党に暴れさせている。『ディングスタはもうすぐ皇帝になるのよ』リリスが言っていた言葉がふと頭に浮かんだ。そしてあのスヴァルヒンが妃になるのだということも。皇帝の玉座に腰を下ろしたディングスタの隣には、魔女のスヴァルヒンが座っている。そんな光景を思い浮かべてみた。
「嫌だ、嫌だ、ディングスタにくれてやるなんて!」
 あのスヴァルヒンは、自分がこの世界に来てから初めて仇と考えた魔女ではないか。
「どうしたんだよ、一体? まだディングスタにやるって決めたわけじゃないぜ、まだ手に入れてもいない物を。誰にくれてやるかはあとで決めりゃいいさ。とにかく手に入れるこった。くれてやる奴が見つからなけりゃ、ムーンの言うように叩き売ればいいさ」
 ファントムはオクスの言うことに頷かざるを得なかった。
「それもそうだな」
 続けてムーンが希望を述べた。
「できれば叩き売って欲しいんだけど。何しろこのサントスの楯を買って、懐がずいぶんと寒くなったからね」
 オクスは大声で押し被せるように、
「だからそいつもお宝を手に入れてから決めることだ。俺としては、ディングスタとデロディア王の二人を呼んで、宝冠を競りにかけりゃあどうだろうって考えてるんだが。どうだ、名案だとは思わねえか?」
「そりゃ名案に違いない!」
「それも宝冠を手に入れてから決めることだ。わかったか」
「そりゃそうさ」

 サラワンに一泊した三人は、翌朝早く出発し、三日かけてスヴァンゲル川まで辿り着いた。去年ここを通った時に泊めてもらった漁師の家を訪ねてみる。漁師一家はファントムとオクスのことをよく覚えていて、三人は大歓迎を受けた。
「ほら、これはタウの土産だ」
 オクスがタウで買ってきたおもちゃを与えてやると、漁師の子供たちは大喜びした。
 翌朝、アディオプまで行くと聞いて、漁師は漁のついでに三人を上流まで舟に乗せて行ってくれた。
「気をつけなせえよ。オプの人間は余所者嫌いだから」
 岸に舟を着けて三人を降ろすと、漁師は警告するかのように言って、また舟を漕ぎだした。『オプの人間』というのは、アンデントボーテ山脈の麓にある三つの村――イクスオプ、マクスオプ、そしてアディオプを指しているようだ。
「また帰りに寄ってくんな」
 漁師と別れると、ファントムたちは川の東岸を更に上流目指して歩き始めた。この辺りは川幅が狭くなってきていて、向こう岸もかなり近くに見える。水は泥で濁っていて、水量はかなり多く、流れは速い。
 その日は民家らしき物を一つも見かけなかった。仕方なく野宿することにしたが、ここはタウよりずっと寒かった。
「おい、ムーン、例の魔法を使えよ」
 たまりかねてオクスが言った。
「この程度の寒さで使ってちゃもったいない。魔法の品は底なしの魔力を持ってるわけじゃないんだぞ。サントスの楯にしても例外じゃない。何回か使うと只の楯になってしまうんだ。できるだけ我慢しろよ。まだ焚火だって焚けるんだしさあ」
 オクスは不満そうに唇を歪めてみせた。
「ちぇっ、魔法ってのは本当に面倒なものだな」
「俺の魔力がまだまだなせいもあるけど、タウで試してみた通り、一度の呪文で持続する諸物耐久の効力は、丸一日保つか保たないかってとこだな」
「とにかく山に登るまで焚火で我慢しよう」
 ファントムは火を起こし始めた。
 翌朝、寒さに震えながら眼を醒ますと、消えてしまった火をもう一度起こし、三人は食事をとった。食事を終えると、また川に沿って歩き始めた。地平線の向こうに昇った太陽が、三人の冷えきった体を徐々に温めてくれた。
 少し行くと、川縁に何者かが倒れていた。うつ伏せになって、半分土に埋もれている。
「死体だ!」
 立ち止まってムーンが叫んだ。
「まだ他にもあるぞ。ほら、そこにも、あそこにもだ」
 ムーンはそこらじゅうを指差した。
「そんなに古いものでもないな」
「こんな所でのたれ死にやがったか」
 オクスは死体の一つにつま先を引っ掛けてひっくり返そうとした。
「!」
 死体の腕が持ち上がったような気がした。
「今、確かに動いたぞ」
 ムーンは目を剥いて慌てて言った。途端に声がした。
「行ってはならん」
 三人はびっくりして跳び退がった。そこらじゅうに埋もれていた死体が土の中から起き上がり始めたのだ。
「生きてやがる」
「違う、ゾンビだ。見ろ」
 起き上がった死体の顔も体も肉が腐り落ちて、所々骨や内臓らしきものが覗いている。
「ゲッ、何だこいつら」
 ゾンビたちはのろのろと三人の方に向かって来た。そのあまりのおぞましさに、三人の顔が歪んだ。太陽はいつの間にか黒雲に隠されていて、空は暗くなっていた。冷たい風がヒュルルルーと吹き抜け、ゾンビたちが身にまとっているぼろをはためかせた。
「やったろうじゃねえか!」
 オクスは戦斧を両手に握り締めた。ゾンビたちは両腕を上げて近づいて来る。オクスの鎮魂の戦斧が風を切ってシュッと鳴った。次には真っ二つに切れたゾンビどもがバタバタと立て続けに倒れた。
「ふん、歯ごたえのない奴らだ」
 オクスは戦斧を下ろしたが、その時、地面に転がったゾンビの首の一つが口を開けた。
「間もなくこの世は乱れよう。正義は衰え、悪は栄える。そして魔王は復活する。善人どもよ、苦しむがいい。間もなく我らの時代がやって来るのだ」
 ゾンビの首は歯をカチカチと鳴らしながらけたたましい笑い声を上げた。他の倒れたゾンビどもも一斉に笑い声を上げた。
「なにをっ!」
 オクスはムカッと来て、手当たりしだいにゾンビどもの頭に斧を打ちつけていった。鎮魂の戦斧の刃が紅に光りだす。ようやくオクスが斧を振る手を止めた時には、ゾンビたちはもう泥人形のようになって、ピクリとも動かなくなっていた。冷たい風だけがヒュルヒュルと吹き抜けていく。あまりのおぞましさに、三人は口もきかずにその場をあとにした。
 そのまま川沿いに行くと、漁師の家を出てから三日目の明るいうちに、アディオプの村らしき集落が見えてきた。雪がぱらついてくる。ファントムは地図を拡げてみた。
「すぐそこが山だし、川の向こう側だ。間違いなくあの村がアディオプだ」
「冒険もそろそろ終盤戦か」
「まさか。ここからが本番だ」
 ファントムは山の上の方を見やった。
「鳥人を捜してるのか?」
「ああ。なるべくあいつらとは出会いたくないからな。確か、南の方に白い羽のライル族が棲んでいて、北の方に茶色い羽のヒスル族だったな」
「どっちだか忘れちまった。どっちだっていい。来たら殺ってやる」
「茶色のヒスル族の中には俺たちを見知っている奴がいるかもしれない。要注意だ」
「茶色だろうが白だろうが、どっからでもかかって来いってんだ」
 オクスは戦斧をビュンビュン振り回してみせた。
「おまえたちは鳥人に恨まれてるのか? そいつは厄介だな」
 ムーンが心配そうに言った。
「なあに、ちょっと殺してやっただけよ。あいつらが追い剥ぎの真似なんかしやがったからさ。あいつらが悪いんだ」
 話しているうちに村が近づいた。この辺りの水は澄んでいて、川は浅い。ファントムたちは浅瀬を集落のある向こう岸まで渡って行った。
「冷たい! 足が凍っちまわあ」
「向こう岸まで保つかどうか……」
 何とか向こう岸まで渡り終えたものの、冷たさで足が切れそうだった。枯れ枝を集めて火を起こし、しばらく暖を取りながら食事をしていると、にわかに集落の方が騒がしくなってきた。
「村人たちは俺たちを警戒してるみたいだ」
「余所者嫌いらしいからな」
 三人は、離れた所に集まって口々に何やら喋りながらこちらの様子をじっと窺っているアディオプの住民たちの方に目をやった。
 食事を終えると火を消し、住民たちの群の方へ近づいて行こうとした。途端に住民たちはわっと声を上げて逃げ出した。口々に何かわめきながら、思い思いの方角へ逃げ散って行く。あっと言う間に人っ子一人いなくなってしまった。
「変わった連中だ」
「俺たちはどうやら歓迎されてないみたいだな。困ったもんだ」
 雪が舞い始めた。
「脅かさないようにして、何とか村に泊めてもらえるよう交渉してみよう。山の案内人も雇いたいし」
「こんな寒空の下で寝たんじゃ、ほんとに凍え死んじまう。とにかく行ってみようぜ」
 三人は集落目指して歩いて行った。その辺の戸を片っ端から開けて覗いてみたが、誰もいない。
「あいつら一体どこ行ったんだ?」
 ようやくある家の中に人がいるのを見つけた。老婆と小さな子供二人が火に当たって座っている。
「よう、婆さん、俺たちは怪しいもんじゃない。山に登りに来た旅人だ。今晩ここに泊めてくれないか」
 老婆は黙って三人を手招きした。三人はほっとして、火を囲んで座った。老婆は火に掛けてある土瓶を取り、素焼きの茶碗に茶のような液体を注いだ。三人に飲めというように身振りで示す。これはありがたい、と三人は順に回し飲みした。老婆は空になった茶碗にまた茶を注いだ。またそれを三人で飲む。ファントムたちが茶を啜る様子を、男女の小さな子供があどけない目をして見上げていた。
 三人は老婆に向かって何か話し始めたが、すぐに自分たちが何を言っているのかわからなくなってきた。霞がかかったように目の前がぼやけてくる。全身が宙に浮くような気分だ。何か考えようとしても、それが全くできない。子供が相変わらず見つめている顔だけが目に入ったが、そのあとは何もわからなくなってしまった。
 老婆はしばらくの間、その場に倒れてしまった三人を、輝きを失った眼でじっと見ていたが、やがて棒切れをつかむと、その先で三人の顔を順番につついてみて、三人とも完全に昏睡しているのを確かめると、
「大人たちを呼んで来な」
 二人の子供に言いつけた。二人の子供は黙ったまま家から出て行った。

 次に目が醒めた時には、三人は真っ暗闇の中にいた。何も見えない。おまけに手足を固く縛られている。どうやら眠らされて別の小屋へと運び込まれたようだ。外では風の唸る音がしていて、粗末な造りの小屋全体を軋ませている。ファントムはオクスとムーンを呼んでみた。何度も呼んでいるうちに、ようやくオクスの方が目を醒ましたようだった。
「ここはどこだ?」
「捕まったみたいだぞ」
「そうか、あの婆ぁめ、騙して眠り薬を飲ませやがったな。畜生!」
 オクスは暴れて縛めを解こうとしたが、縄はきつく手足に食い込んでいて、どうすることもできない。
「噂以上にとんでもない住民どもだ。一体全体、俺たちが何をしたってんだ?」
 オクスがわめいていると、にわかに外が騒々しくなってきた。風の音の合間を縫ってわめき声が聞こえてくる。何と言っているのかまでは聞き取れないが、しばらくすると小屋の戸がバタンと力強く開かれた。炬火を手にした男が立っている。
「いつまで経っても成長しないガキどもだ。少しは他人を疑ってみたらどうだ?」
「ドラド! なんでこんな所にいるんだ?」
 ドラドは小屋の中に入って来ると、ファントムたちの縄をほどき始めた。
「俺様がついててやらねえと、おまえたちはいつまで経っても子供だ」
「ふん、大きなお世話だ。またいいとこで出て来て恩を売り、おこぼれに与かろうって魂胆か?」
 オクスが言った言葉には答えず、ドラドはフッと軽く笑っただけだった。
「いつまで呑気に寝てんだよ。さっさと起きねえか!」
 ドラドはまだ眠っているムーンの頬をピシャピシャと叩いて起こした。外へ出てみると、雪はやんでいたが、風は更に強くなっていた。騒いでいる方を見ると、家のいくつかが燃えていた。
「おまえがやったのか?」
「ああ。今のうちだ、あいつらが火事に気を取られている間にトンズラしようぜ」
 逃げ出そうとしてから気づいた。
「そうだ、持ち物を取り返さないと」
 眠らされた時の家へ行ってみると、あの老婆と子供たちはいたが、火事の騒ぎで目醒めているようだった。
「やい、ばばあ、よくもはめてくれやがったな。俺たちの持ち物をどこへやった? 正直に喋らねえとぶっ殺すぞ!」
 老婆はあたふたとして、
「大人たちが持ってったよ。大人たちに訊いとくれよ」
 言い逃れしようとした。オクスは苛々しながらも小屋を飛び出し、そこらじゅうの家という家を残らず捜し回ろうとした。
「大変だよ! 悪魔どもが逃げ出したよ!」
 先程の老婆が大声で仲間を呼んでいる。
「悪魔が逃げたぞー!」
 村人たちは消火もそっちのけで飛んで来た。ようやく武器と荷物を取り戻した時には、ファントムたちはまたもやアディオプの村人たちに取り囲まれてしまっていた。
「なんで俺たちが悪魔なんだ?」
「てめえらに何か迷惑でもかけたのかよ?」
「家が燃えた。おまえたちが災いを運んで来たんだ」
「馬鹿言うな。あれは、おまえたちが俺たちに変なことするからバチが当たったまでだ」
 村人たちは殺気立った。
「てめえらごときを相手にする気にもなんねえが、邪魔するってんなら相手になってやってもいいぜ」
 オクスは戦斧を両手に構えた。村人たちはざわついたかと思うと、じりじりと後退しだした。
「俺たちが悪魔だなんて、一体誰が言ったんだ?」
 様子を見かねてファントムが尋ねると、
「マクマホン様だ」
 村人たちは口を揃えて言った。
「マクマホン様が、近々この村に人間の姿をした悪魔がやって来て、この村に災いを運んで来るとおっしゃられた」
「今日、その通りになった」
「マクマホン? 聞いたこともねえな。何者だ、その野郎は?」
「聖者様だ」
「おい」
 ドラドが小声で囁いた。
「どうやらこいつらと言い争っても無駄なようだぞ。マクマホンってえのは、自分のことを聖者とか称してあちこちうろつき回ってる、乞食坊主みてえな奴だが、奇跡とか言ってちょいとした魔法を使って人の度肝を抜いたあと、舌先三寸で上手くたぶらかしては、馬鹿正直な田舎者どもを信者にして回ってるという、まあ、一種の詐欺師だ。とにかくこいつらは乞食坊主の毒気に当たって聖者様とやらを信用してしまってるようだから、今更話し合ったってどうにもならねえ。こんな奴らを相手にするだけ無駄さ。脅しつけて、さっさとここから出て行こうぜ」
 しかし一行が進もうとすると、村人たちが立ち塞がる。オクスが斧を振り上げて脅すと、また後ずさりするが、どうやらこのまま通してくれる気はないようだ。
「やいやい、いい加減にしないと、本気で怒るぞ」
 オクスは戦斧を振り回し始めた。このまま怪我人が出ると話がややこしくなってしまいそうだと感じたファントムは、オクスを遮って前に出た。
「このまま黙って通せば、この村に災いなんか起こりはしない。でも止めようとすれば、こいつを見ればわかる通り――」
 と、オクスを指差しながら、
「死人が何人出るかわかったもんじゃないぞ。つまり、俺たちを阻止することで災いが招かれるということだけは確かだ。俺はマクマホンの正体を知っているが、どうやらそんなことを言ってもあんたたちは信じないだろう。それよりも、さっきのあんたたちの言い分を聞いていたが、聖者マクマホンがあんたたちに言ったのは、もうすぐ悪魔がここにやって来るということだけだろう。その悪魔を捕まえればその災いを避けられるとは言っていない。もしかすると悪魔を捕らえることによって、この村に災いが巻き起こるのかもしれない。
 仮に俺たちが悪魔だとして、今のこの状況を考えてみろ。俺たちをすんなり行かせるのと、阻止するのと、どちらが災いを招くか、考えるまでもないことだろう。言っておくが、ここにいる四人は、悪魔なのかどうかは別として、今までにそれぞれ千人以上は殺してきている」
 ムーンは驚いてファントムの顔を見たが、ファントムは気にしないで続けた。
「あんたたちがマクマホンを信じるのは勝手だが、その言葉の意味を取り違えて信じたがために、マクマホンの言う通りの災いを招くことになるかもしれない。だけどこれだけは言っておくぞ――もしマクマホンがこの村に災いが訪れると予言したのなら、マクマホンの予言が的中するということは、このアディオプの村が不幸になるということだ。マクマホンの予言が外れるなら、この村は平穏無事ということだ。当たれば不運、外れれば幸運、さあ、どっちを選ぶ? 聖者の予言を外さないためにも、あんたたちは、今ここで犬死にする方を選ぶか?」
 みんな押し黙ったまま何も反論しようとしない。
「わかったら、道を空けな」
 オクスが堂々と通って行く。村人たちは徐々に道の真ん中を空けた。
「人間とは、幸福を追求する生き物だよ」
 ムーンは押し黙ったまま為す術をなくした両側の村人たちに向かって言った。
 四人は、半ば狂人めいたアディオプの村人たちを避け、赤々と燃えている村をあとにした。また雪が降ってきた。
「こうなったら、そろそろ諸物耐久の術を使うしかないな」
 ムーンがそう言うと、四人は頷いて、近くの木陰に向かった。ムーンは背中に提げていた小さなサントスの楯を手にした。そうして何やら長々と呪文を唱え続けた。
「おい、この呪文はやけに長いな」
 オクスは痺れを切らして言ったが、ムーンはまだ呪文を続けた。やっと唱えるのをやめると、言った。
「いろいろなものに耐えられるようにしといたから。この術は諸物耐久という名の通り、あらゆるものに効果があるんだ」
「へーえ、じゃ、これで寒さもへっちゃらだよな」
「もちろんさ。そうだ――」
 そう言うと、ムーンは何かを取り出した。
「ついでに灯りも作っとこう。この雪と風じゃ、炬火もあまり役に立たないだろうから」
 ムーンは消えかけている炬火の灯を見て言った。
「そいつは何だ?」
 オクスはムーンが手にしている物を指差して訊いた。
「これは干した夜行性の獣の目玉さ。これから光源創始という術を使うぞ」
 ムーンはまた呪文を唱え始めた。唱え終えると、手にした獣の目玉を放り投げた。すると目玉が空中でパッと光を放った。青白い光が辺り一面を照らし出した。
「こりゃいいや。明るくなった。このまま山に登って行くとするか」
 四人が進むと、それにつれて光も前進して行く。ファントムたちは雪のことも気にしないで、そのまま夜の山を登り始めた。
 しばらく山道を行くうちに、行く手を照らしていた光が急に弱くなり、やがて完全に消えてしまった。周囲はたちまち真っ暗闇になった。
「どうしたんだ? 光が消えちまったぞ」
「魔法が切れたのさ」
「おい、こんな所で立ち往生させる気か?」
「もう一度やり直すから、ちょっと待っててくれ」
 ムーンは再び夜行獣の目を取り出して、光源創始の呪文を唱え始めた。
「めんどくせえ魔法だな」
「熟練した魔法使いなら、一度で一晩や二晩は光が続くんだけど、俺の場合はそうはいかないのさ」
 また光が顕れると、四人は再び山道を歩きだした。登るにつれ、降り積もった雪が深くなってくる。足が雪に取られて、進むのが苦しくなってきた。厚着をして魔法を掛けているとはいえ、木々の間を吹き抜けて行く風雪に、顔が痛くなってきた。
「そこにいい岩陰がある。しばらく雪がやむのを待とう」
 四人は、いくらかでも風を遮ってくれそうな大岩がそそり立っているのを見つけ、その下に腰を下ろした。干肉を取り出して食べているうちに、またしてもムーンの魔法が切れてしまったが、もう辺りは薄明るくなっていて、夜が明けているようだった。

 すっかり明るくなった頃には、風も緩み、雪も小降りになった。四人は腰を上げると、再び雪の山道を進み始めた。
 途中で休み休みしながら進んで行くと、やがて木々が途絶え、岩と雪ばかりの開けた場所に出た。いつの間にか雪雲も去っていて、青空が見えた。日の光が降り積もった雪を光り輝かせている。山道の先は深い谷になっていて、向こうへと吊り橋が架けられていた。少しばかり強い風が吹くだけで、その吊り橋はゆらゆらとよく揺れた。
 吊り橋の手前に小屋があり、四人が橋を渡ろうとしたその時、木戸が開き、中から誰かが出て来た。
「待ちなされ、旅のお方」
 見ると、腰の曲がった老人で、片手で杖をついているが、どことなくふてぶてしさを感じる面構えだ。潰れた片目がにやけたようにも見える。
「あんた、誰だい?」
 老人はそれには答えず、
「おまえさんたち、この吊り橋を渡ろうという気かね。ここから先は誰も行く者はいない。何の目的でこの吊り橋を渡る?」
「俺たちはこの川の水源を目指してるんだ」
 ファントムが答えた。
「何の目的で?」
「うるさい爺さんだな。何の目的だろうが、あんたの知ったことか」
 オクスはうそぶいてみせた。
「この先、山道はまだ少しあるにはあるが、ここから先は化け物うじゃうじゃ、とても並の人間では生きたまま進めんぞ」
「心配してくれるってわけかい。ありがとよ。そんじゃあ、行こうぜ」
 オクスが前へ進もうとすると、途端に老人は吊り橋の前に出て両手を拡げ、通せんぼをした。
「よう、爺さん、ふざけんじゃねえよ。さっさと小屋ん中へ引っ込みな」
 ドラドが老人を脅しつけようとした。老人はニヤッとして首を横に振った。
「この先へ行くと言うのなら、その資格があるかどうか試してやろう」
「爺さんに試される筋合いはねえぜ」
「もしも宝探しに行くつもりなら、腕が立つだけでは足りぬぞ。おまえさんたちは、今時分冬山に登るような向こう見ずなところを見ると、勇気はあるようだが、だが、おつむの方はどうかな?」
「要するに、知恵試しをしようってえのか。しょうがない、爺さんのわがままに少しだけつき合ってやるか。こんな山奥で一人暮らししていて、どうやら退屈しているようだからな」
「俺もつき合ってやるよ。俺たちは年寄りには親切なんだ」
 オクスとムーンが面白半分で老人の相手をしようとするのを見て、ドラドは鼻先でせせら笑った。人の言うことを一々真に受けるお調子者の二人を軽蔑したような笑いだった。
「わしの出す謎が解けるかな?」
 老人は片目の顔でニタッと笑った。
「謎でも何でも言ってみろ」
「謎に答えられなければ、このまま元来た道を引き返すのだぞ」
「そんな約束はできねえな」
「俺たちはどうしても行かなければならないんだ」
 今まで黙っていたファントムが、急にむきになって言い出した。
「だったら謎に答えろ。答えれば通してやるし、いいことも教えてやる」
「じゃあ、言ってみろよ」
 片目の老人はまたしても不敵な笑みを浮かべた。
「寒い時はじっと固くなっていて、暖かくなってくると泳ぎだし、もっと暑くなると空を飛び始める。それは何だ?」
「まるで人間じゃねえか」
 オクスが声を上げると、
「馬鹿だなあ。暑くなってきたからって、人間が空を飛べるもんか」
 ムーンが言った。
「あっ、そうか。じゃあ何だろう? 鳥か何かかな?」
「わかったぞ」
 黙って考えていたファントムが笑みを浮かべて言った。
「答えてみろ」
「答は水だ」
「その通り!」
 老人はまたもやニタッと笑って、橋の前からどいた。
「そんじゃあ、俺たちはこの橋を渡る資格ありってことだな、爺さん」
「そうだ。渡ってよし。約束通り、忠告しておいてやる」
「忠告なんか要らねえよ」
「まあ、そう言わずに、必ずためになるぞ。まず一つ目の忠告は、鳥人の力を借りよ――これだ」
 全員の表情が険しくなった。
「人間に力を貸してくれる鳥人なんているのか?」
「必ずいる。人間と同じで、鳥人にもいろいろいるからな」
「なるほど」
「二つ目の忠告は、宝を手に入れるには、決して力ずくで奪おうと考えてはならん。それだけでは不可能だ。一つの宝は鳥人が持っているが、そいつは鳥人に盗み出させること。もう一つの宝を手に入れるには、自らの手によって成し遂げるしかないが、それには、力、技、知識、知恵で、それぞれ勝負して勝たねばならぬ。無事に事が成ってここに帰って来た時には、このわしが祝福してやろう」
「余計なお世話だ」
 オクスはさっさと吊り橋に向かった。
「もう一つ、肝心なことを言い忘れておった。その吊り橋は渡れんぞ」
 老人がそう言った時には、オクスの片足が吊り橋の板を踏み破っていた。
「危ない! 気をつけろ!」
「大丈夫か?」
「心臓が縮むところだった。俺は鳥人と違って背中に羽が生えてないから、落ちたらおしまいだ」
 オクスは片手で綱に掴まりながら、そろそろと引き返して来た。
「爺さん、なんでもっと早く言ってくれなかったんだ!」
「言おうと思った時には、もうおまえさんが渡ってた。この吊り橋はずっとほったらかしにしてあったから、腐ってぼろぼろになっておるはずだ」
「じゃあ、この橋を渡るのはまずいな。他に橋はないのか?」
 老人は谷底の方を指差した。
「おまえさんたち、この下の川の上流へ行くのだろう? だったらこの吊り橋を渡っても仕方がないなあ。この山道は人間が造ったもので、この先ずっと行くと、また下って行って平地に出るだけだ」
「どう行けば水源に辿り着けるんだ?」
「この谷川に沿って行けばいい」
 老人はまた谷底を指差した。
「だって、両側は切り立った崖だぞ」
「下へ下りるんじゃ。川の水は凍っておる。その上を歩いて行けばいい」
「そりゃそうだけど、どうやってあそこまで下りればいいんだ?」
「それしきのこともできぬようでは、上まで行くのは無理だろうな」
 苦労して絶壁を谷底まで下りると、四人は凍った渓谷に沿って上流を目指した。山間の日没は早い。途中で日が山の向こうに没してしまった。まだ周囲は明るかったが、その時、谷間の上空を何かが飛んでいるのに気づいた。
「あれは、鳥人じゃないか?」
 ファントムが言った時、向こうもこちらに気づいたようで、翼をバタバタさせながら、ファントムたちの方に向かって降りて来た。
「違うぞ。あれは鳥人じゃない。ガーゴイルだ!」
 ムーンは降りて来る奴らの姿を認めて叫んだ。
「ガーゴイルってのは何だ?」
「化け物さ。鳥人なんかと違って、言葉なんか理解しない。あいつらきっと襲ってくる気に違いないぞ」
 言っている間もなく、ガーゴイルたちが襲いかかってきた。四人はサッと得物を抜いて身構えた。ガーゴイルは灰白色の体で、背中にコウモリのような大きな翼がある。七、八匹はいるガーゴイルどもが、手足の鉤爪を素早く振り回して襲ってきた。
 しかしもはやガーゴイルなど、ファントムたちの敵ではなかった。三匹、四匹と斬り落とされると、残りは崖の上の方へと逃げ去り、見えなくなってしまった。
「これから何が襲ってくるかわかったもんじゃない。全員に鉄甲防御の術を掛けとくとしよう」
 ムーンはそう言うと、汎用魔法液の小壜を取り出し、呪文を唱えた。ところが今度は上から岩がバラバラと降って来た。びっくりしながらも身を交わしたが、見ると、先程のガーゴイルたちが仕返しに空から岩を落としているのだった。
「畜生っ、懲りない奴らめ!」
 岩陰へ逃れると、オクスとドラドの二人は、弓矢でガーゴイルに反撃を食らわした。矢は飛んでいるガーゴイルたちに次々と命中したが、ガーゴイルたちは落ちては来ず、今度こそ本当に逃げて行ってしまった。
 その日は夜中から歩いて来ていたので、ガーゴイルたちに襲われるとすっかり疲れてしまい、少し登った所に洞穴を見つけたので、暗くなってしまう前にそこに入って休むことにした。

 洞穴の奥の方へ入って行くと、風も入って来なくなり、ちょうど巧い具合に焚火の跡があり、まだ使っていない薪もいくらか残っていた。
「こりゃついてる」
 薪に火を点け、暖を取りながら食事することにしたが、ファントムが急に、
「ちょっと待てよ。薪を集めてるのを見ると、ひょっとして、ここは誰かの住みかかもしれないぞ」
「そう言やそうだ」
「でも、こんな所に住んでる奴って、一体誰だろう?」
「鳥人だったりして」
「まあ、気にすんのはよそうや。しかしあの謎掛けじじいの謎はよく解けたもんだな」
 オクスは感心したように言った。
「そうだよ。考えてみれば他愛もない謎々だけど、俺は水とは気がつかなかったなあ」
 ムーンも同じように感心してみせた。ファントムは微笑して、
「ところであの爺さんは宝が二つあるって言ってただろう? 宝冠のことを言ってたんだとしたら、カーマンの眼が二つの川の源を指していた意味がわかる。宝冠は二つあるってことだ。ヴィットーリオの言ってたことと同じだ。でたらめとも思えない」
「二つねえ」
「なんだ、また宝探しか」
 ドラドが言うと、
「おまえ、何も知らずにここまでついて来たのか?」
 オクスは馬鹿にしたようにドラドの方を向いて言った。
「俺様は助っ人に来ただけさ。未熟な奴らだけだと必ずしくじるのは目に見えているからな」
「ちぇっ、ああ言えばこう言いやがる」
 オクスは一人でむくれた。またファントムが続ける。
「一つは鳥人に盗ませろと言ってたし、もう一つは、力、技、知識、知恵で勝負して、勝たなければならないなんて言ってたけど、どういうことだろうか?」
 四人は首を傾げた。
「うーん、それは行ってみないとわからないな。宝の在りかに着いてから考えようぜ」
「それも悪くないな。ところでファントム」
 ムーンがファントムに訊く。
「何だ?」
「確か、アディオプで村人たちが崇めているマクマホンとかいう奴のことを知ってるって言ってたな。一体何者なんだ?」
「マクマホンか? うん」
 ファントムは頷いてみせた。
「詳しく知ってるわけじゃないし、見たこともないんだけど、マクマホンは餓鬼界に生まれついた半神で、ガブリエルや魔王ギースと兄弟だそうだ。マクマホンはギースをこの世界に呼び出そうとしているらしい」
「そんな話は初耳だぞ。一体誰から聞いたんだ?」
 オクスが不思議がって言った。
「キルケーだ」
「キルケー?」
「キルケーも半神で、セイレーン党はキルケーの手下たちだ。凄い魔法を使うんだ」
「どんな魔法だ?」
 魔法と聞いて、ムーンは興味を示した。
「人間を獣に変えたり、種を蒔くと、あっと言う間に召使いが生えてきたり……」
「へーえ、そんなのエルフの魔法典にはないな。別の流派だな」
「そんな奴にいつの間に会ってたんだ?」
「こないだ逮捕されて、ガレー船に乗せられてからだ」
「そうか、そんなことがあったのか。三日ほど姿をくらましてると思ったら、俺に内緒でそんなことしてたのか。俺はまた、てっきり女でもできて、そこに入り浸ってるのかとばかり思ってたぜ」
「馬鹿言うな」
 そうやって話していると、誰かが洞穴の入口から入って来る気配がした。
「おや、あんたたち、羽が生えてないね。人間かい?」
 入って来た者たちの先頭にいた女が、ファントムたちを認めて問いかけてきた。相手は四人いたが、その言葉が示すように、四人とも背中に羽がある。全員女の鳥人のようだ。
「勝手に火に当たらせてもらってるぜ」
 オクスが言ったが、鳥人たちはファントムたちに対して別に敵対心を持っている様子も見せず、そばに来て一緒に焚火を囲んだ。
「お返しと言っちゃなんだが、干肉でも食うかい?」
 オクスは火で炙った干肉を串ごと鳥人たちに差し出した。鳥人たちは黙ってそれを受け取ると、ムシャムシャと食べ始めた。
「あんたたち、人間のくせして、なんでこんな所までやって来たのさ?」
「宝探しだ」
 ファントムはじっと四人の鳥人の女たちを観察した。羽の色は、黒、白、そして茶色が二人と、揃っていない。彼はかつてサンジェント公から聞いた話を思い出してみた。茶色い羽をしているのはヒスル族で、ファントムとオクスが闘ってひどい目に遭わされた奴らだ。サンジェント公の話では、白い羽をしているのはライル族で、最も始末に終えない奴ららしい。そして黒い羽をしているのがフロル族といって、これは人間には危害を加えないらしい。
 が、この集団は一体何だろう? それに、ここは西アンデントボーテ山脈で、黒い羽のフロル族がいるというのも変だ。四人の中で、ファントムたちに真っ先に話しかけてきたのは、黒羽のフロル族の女鳥人だ。
(もしかするとこいつらは、集団で町を略奪したり、狩猟したりする仲間たちとは行動を共にしない、あぶれ鳥人たちかもしれないな。あの謎掛け爺さんが言ってたけど、こいつらならもしかすると、手を貸してくれるかもしれないぞ)
「それにしても、きみたちは変わった組み合わせだな。三種族が一緒にいるってのは」
 鳥人たちはニヤッとして顔を見合わせた。
「人間にだっているんだろう、集団に背を向けてる奴が? 鳥人にもあるんだよ。あたしたちはそれさ。おまけに鳥人以外にも親切だしさ。そう言うあんたたちだって、あたしたちと同類じゃないのかい?」
「そう言われてみればそうだな。そうに違いねえや。おまけに、俺たちだって人間以外にも親切だしな」
 オクスはそう言って、一人で笑った。ファントムの思っていた通りだった。何とかしてこの鳥人たちを仲間にしようと考えた。
「でもあんたたち、一体全体こんな山奥で何仕出かそうってのさ?」
「宝だよ」
「宝だって? そんな物、一体どこにあるって言うんだい?」
「この谷のずっと上の方で、冠を見たことはないか?」
 黒い羽の鳥人は首を傾げた。
「冠? 冠って、もしかしてあれのことかしら?」
「知ってるのか?」
 思わずファントムは身を乗り出した。
「山頂の枯れ木にぶら下がっているのが、確か冠だったはずだけど……」
「なあんだ、それじゃあ苦もなく手に入れられそうだな」
 オクスが嬉しそうに大声を上げたが、白い羽の鳥人が首を横に振った。ついでに背中の羽もバタつかせたので、焚火が揺れて火の粉が飛んだ。
「冗談じゃないわよ。あれを手に入れるため、ヒスル族とライル族は、何百年に渡って果てしなく争いを続けてきたのよ」
「そうよ。まだ争いは終わってはいないわ。あんなモノに手を出してご覧なさい、それこそ命がいくつあったって足りやしないわよ」
「あんたたち、呪われた冠がお目当てなの? それはよした方が身のためよ」
 残り二人の茶羽の鳥人も口々に言った。
「ふうん。それはそれとして、この谷川を溯って行った所には何もないのか?」
「ここをずっと行くと、ヒスル族の王宮に行き着くけど」
「じゃあ、そこだな、もう一つの宝冠は」
「もう一つの宝冠?」
「そこに宝冠がもう一つあるはずなんだけど、鳥人の王は冠を被ってはいないか?」
 黒羽は首を傾げた。茶羽の一人が言う。
「鳥人に被り物の習慣はないわ。空を飛ぶのに邪魔なだけよ」
「それじゃあ、王宮のどこかに保管されているはずだな」
「人間から略奪してきた財宝は、王宮の宝物蔵に山のように積まれているらしいけど」
「そこだ。そこに違いない。富の宝冠の力は、古代アデノン王朝が亡んで以来、今までずっと眠り続けてきたというわけか。宝物蔵に何とかして忍び込めないだろうか?」
「この二人はヒスル族だから、召使いにでも化ければ何とかなるかも」
 茶羽の二人は頷く代わりに、背中の羽をバタつかせてみせた。
「王宮への出入りはた易いことだけど、宝物蔵となると、ちょっとねえ。入口には常に警備兵がいるし、扉には鍵が掛かってるわ」
「俺にいい考えがあるぜ」
 今まで黙っていたドラドが言い出した。
「どうするんだ?」
「この俺がじかに忍び込むのさ」
「それはどうかしら? あんたには羽がないわ。人間だと入れてくれないわよ。それに、王宮の入口は絶壁にあるのよ。鳥人なら入るのわけないけど」
「だからいい考えだって言ってるんだよ」
 ドラドは策を話して聞かせた。ドラドの考えを聞くと、黒羽の鳥人のリーダーが口を開いた。
「確かに面白いわね。あたしたちだって、王宮の宝は頂きたいところだけど。それにしてもこれは命懸けよ」
「なあに、それほどのこととも思えねえな。しかし、おまえたちも結構ワルだな」
 そう言われて、鳥人たちはニヤッとした。
「鳥人は鳥人同士、仲良くやってかなけりゃならないなんて決まりはどこにもないよ。そんな狭い料簡で生きてんじゃないのさ、あたしたちは。余ってるならもらってやろうじゃないかって思うだけさ」
「つまりおまえたちは、鳥人の女盗賊ってわけか。その考え、気に入ったぜ。俺も同じだ」
 ドラドと女鳥人たちは、顔を見合わせながらニヤッと笑った。
「どういうところが狭い料簡じゃないって言うんだ? 俺にはよくわからないな」
 ムーンはそんな鳥人たちとドラドを見て、一人でぼやいてみせた。




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