8.剣神ジャバドゥ



 翌朝二人が出発しようとすると、宿の主人がロクスルーまで乗合馬車が出ていると教えてくれた。行ってみると、馬は六頭立て、乗合馬車と言ってもただの荷馬車で、荷台に日除けのための草葺き屋根をつけただけのものだ。馬車は二台停まっていて、一方にはどんどん客が乗り込んでいる。
「さあさ、乗合馬車だ。定員十名、馬車は二台。二十人しか乗れないよ。早い者勝ちだ! さあ、乗った、乗った!」
 馭者はしきりに客を誘っている。
「ロクスルーへ行くのか?」
 オクスが訊いた。
「そうでさあ」
「いくらだ?」
「一日銀二枚。安いよ」
「何日かかる?」
「ロクスルーまで四日。歩きの半分だ。宿に泊まることを考えりゃあ、馬車に乗った方が楽だし、安くつく。どうする、お客さん?」
 馭者は快活に喋る。
「じゃあ乗ろう」
「とりあえず今日の分、銀二枚もらうよ」
 二人は銀貨を二枚ずつ渡し、二台目に乗り込んだ。二台目にも次々と乗り込んで来る。さあ出発か、と思ったらまだ乗せてくる。
「おいおい、もう十人乗ってるぜ。早く出さないか!」
 オクスが怒鳴ったが、馭者はお構いなしに客を引っ張って来ては、荷台に詰め込んだ。
「俺たちゃ品物じゃねえんだ。そう詰め込むなっ!」
 一台目が十六人詰め込んで出発した。二台目にも無理やり十六人詰め込んだ。
 馬車は通称デーモンの道と呼ばれる街道に出た。昔、プラクシー山地の奥に砦を築いていた魔王ギースの配下が、この道を下って近在の町や村を荒らしたため、当時は誰もこの街道を通行しなくなっていた。
 噂話によると、魔導剣士ガブリエルと大魔術師フオクが魔王ギースを捕らえ、プラクシー山地の奥深くにある修行僧の本山、アウグステ寺院の地下牢に閉じ込めてしまったということだ。今ではロクスルーへ通じる唯一の街道であるため、人の往来は結構ある。
 ファントムとオクスが乗った馬車には、剣士らしいのが一人乗っている以外はみんな行商人ばかりだ。ファントムとオクスは、近くに座っているロクスルーへ帰る途中だという行商人の老婆からいろいろと話を聞いた。確かに馬車は徒歩の旅人をゆっくりと追い抜いて行くが、何しろ尻の下がじかに板敷きで、おまけに馬車はガタガタと揺れるので、決して楽な旅ではない。道は徐々に上りになってきた。
 途中で行商人の一人から売り物の干肉を買って食べていると、馬車の速度が遅くなり、やがて停まった。
「おい、どうしたんだ?」
 行商人の何人かが声を上げた。
「まっ、いいじゃないの。ケツが痛くてしょうがねえところだったんだ。ちょうどいい。ゆっくり行こうや」
 オクスは肉を食いながら、行商人たちに向かって言った。ところが見てみると、先に行っている一台目の馬車の乗客たちが騒いでいる。
「何があったんだろう?」
 ファントムは覗いてみた。前の馬車の乗客が何人か馬車から降りた。こちらの馬車の乗客も何人か降りて見に行った。少しすると更に騒々しくなった。何やら前で口喧嘩をしているようだ。ファントムも剣をつかみ、馬車を降りて見に行ってみた。
 人垣ができていてよく見えないが、言い争いを聞いていると、どうやら道を譲るの譲らないのと揉めているようだ。三人の旅人が横に並んで歩いて行くので、馭者が鐘を振り鳴らして道を空けてくれるように頼んだが、三人は全く道を空けようとしない。
 馭者は荒っぽい口調で叫んだ。
「ちょっと脇にどいてくれりゃあ済むことだろ。そいつができねえのかよ!」
「どこを歩こうがこっちの勝手だ」
 三人の旅人は聞く耳持たない。
「何だと? 何様のつもりか知らねえが、こっちには三十二人も客が乗ってんだぞ!」
 馭者はカッとなって怒鳴った。
「この街道は天下の往来だ。それとも貴様の持ち物だとでも言うのか? 通りたけりゃ、勝手に通れ」
「てめえらが邪魔して通れねえだろうが。邪魔すんなら轢き殺して行くぞ!」
「何をっ!」
 と、やりとりが聞こえるうちに、前の三人が剣を抜き、馭者を斬ったようだ。
「ギャッ!」
「わあっ!」
 乗客たちは後ろへなだれ打って逃げ出した。見てみると、馭者が肩口を斬られて這いずり回っている。前の三人は冒険者のようだ。また前を向き、歩いて行こうとする。
「待て!」
 ファントムが三人の冒険者を呼び止めた。三人は振り返ると、
「何だ、貴様もこうなりたいか?」
 冒険者の一人がもう一度剣を抜いた。
「おまえたちは冒険者か、それとも只のごろつきか? 丸腰の人間を斬るとは、只の悪党としか思えないな」
 ファントムが罵った。
「何をっ!」
 三人の一人が打ちかかってきた。ファントムは身を交わし、腰の宝剣を抜いた。
「誰か、馭者を助けろ!」
 後ろに向かって呼ばわると、前の方で見ていた何人かが馭者を後ろへ運んだ。
 冒険者がまた打ちかかってきた。ファントムは剣を撥ね上げた。冒険者の片腕が剣を握ったまま落ちた。冒険者は叫び声を上げた。あとの二人はそれを見て、背中に提げていた楯を片手に執り、もう一方の手には剣を持って突いてきた。ファントムは飛び退がった。後ろにいた馬が驚いていななく。ファントムは右手の斜面に駆け上がった。そのまま二人の左側に飛び下りると、すかさず剣を振った。楯がスパッと切れて、冒険者の片手も落ちていた。そいつを蹴倒し、すぐさま残りの一人の楯の真ん中を突いた。宝剣は楯を突き抜け、冒険者の手まで貫いていた。三人は苦痛にギャアギャアわめいた。
「まだやるか?」
「お許し下さい。二度とこんな真似は致しません」
 三人組は泣きながら謝った。
「情けない奴らだ。さっさと消えろ」
 片手を失くした三人の冒険者は、慌てて街道を逸れて逃げて行った。見ていた乗客たちは大喜びだ。一緒に乗り合わせていた剣士らしい男も黙って見ていたが、スッと後ろの馬車に戻って行った。
 馭者の傷は浅かった。ファントムはテミルの村でドワーフのまじない師の老婆からもらった塗り薬を持って来て、傷口に塗ってやった。傷ついた馭者は寝かせて行くことにして、二台目の馭者が一台目に乗り、二台目の方は乗客の一人が馭者を買って出た。
 オクスはと見ると、何も知らなかったようで、行商人の老婆に果物をもらって食べながら、二人でつまらない話をしている。
「やれやれ、呑気な奴だ。人が危なかったっていうのに」
「おう、何だ、もう休憩はおしまいか?」
 みんな乗ると、再び馬車は動き出した。
「まあ、いいか。こいつが出て来てたら、死人が出てたに決まってるから……」
 ファントムが呟いた。その日はカフという宿場まで行き、そこに泊まった。

 次の日は朝早くカフを出て、また馬車の旅を始める。午過ぎ頃になると、道の勾配がきつくなってきた。道がくねくねと曲がりだす。しばらく行くとかなり上って、緩やかだった街道の右側の斜面が、切り立った崖に変わってくる。左側は真下が深い谷で、その向こうにはプラクシーの峰々が聳え立っている。遠くの高い山々の頂には、夏だというのにまだ雪が見られる。
「落ちたらいちころだ」
 オクスが谷底を覗いて言った。馬車が曲がり角に差しかかる度に、落ちないかと冷や冷やさせられる。
「ここはシャーデン高原に上がる一番の難所、アデノンの喉首というんじゃよ」
 行商の老婆が教えてくれた。難所を抜けるとこの先に今日の目的地、アデノンという所があるが、村でも宿場でもなく、昔、王国があったという遺跡だ。王国は天災のため、一夜にして滅んだという。その廃虚の一部を修築して、行商人のために宿泊所が建てられている。
 その日は何事も起こらずアデノンに到着した。宿舎と言っても、地震か何かで崩壊した石造の建築物の廃虚を利用しているだけで、藁を敷いた広い部屋にみんなで雑魚寝した。
 翌朝になると、馭者が出発が遅れることを触れて回った。この辺は気温差が激しいのと、シャーデン湖が近いため、早朝は霧に包まれてしまう。しばらく待っていると、ようやく霧が晴れ始め、明るくなった。乗客は銀貨二枚ずつ払って馬車に乗り込んだ。
 ところが遺跡から街道に出た所で、前方に人影がいくつも顕れた。
「やい、ここを通りたければ、通行料を置いて行け」
「通行料を払えとは、てめえはどこの腐った役人だ?」
 オクスが馬車から身を乗り出して大声を出した。
「腐った役人なんかじゃねえ。れっきとした山賊だ」
「アデノンの大盗賊、ヘルボー様を知らねえのか」
 言いながら、薄汚いのが前に進み出て来た。
「山賊が通行料を取るなんて聞いたことがねえや。なんてえ臆病者だ!」
「おい、怪我をさせずに小銭で勘弁してやるって言ってるんだ。その親切がわかんねえのか?」
「ふざけんなっ!」
 見ると、いつの間にか周りを囲まれている。二十人以上いそうだ。乗客たちはみんな怯えていて声が出ない。
「待てよ。相手が多すぎる」
 ファントムはオクスの袖を引っ張った。
「一人につき銀貨五枚で通してやる。こんな良心的な山賊がどこにいる?」
「何をっ!」
「待て待て」
 ファントムはオクスを遮った。
「ここには乗客が全部で三十二人いる。三十二人から銀貨五枚ずつ集めたって、百六十枚、つまり金貨十六枚分にしかならないぞ」
「だからよお、何回言わせんだ、金貨十六枚分で手を打ってやろうって言ってんだ。俺たちゃ貧乏人には親切なんだ」
「ただで金をふんだくって、そんな親切がどこにある!」
 オクスがカッとなって叫んだ。
「ちょっと待てよ。話を聴け」
 ファントムはオクスを抑えると、懐から大粒の宝石を取り出した。
「これを見ろ。この宝石は町へ持って行って売れば、金貨百枚にはなる」
「おお!」
 山賊たちがどよめいた。この辺りは貧しい行商人しか通らないから、宝石などお目に掛かったことがないのだろう。山賊たちも貧しいのだ。
「俺はこの大粒の宝石を五つと、金貨二十五枚で売れる小粒の宝石を十ほど持っている。合わせて金貨七百五十枚分の値打ちだ」
 山賊だけでなく、行商人たちも驚いた。
「これをおまえたちにやってもいいが――」
 山賊も行商人たちもまたどよめいた。
「ただし、そんな安全な商売のできる山賊があるはずがないだろう?」
 山賊たちはうんうんと素直に頷いた。
「どうしろってんだ?」
「この中で一番強い者が、俺と一対一で勝負する。俺が負ければ宝石はみんなやろう」
「よーし」
 今まで喋っていた、ヘルボーという頭目らしいのが腕まくりした。
「だがおまえが負けた時は、他の奴らは今後一切山賊はしないと誓え。誓ったら宝石はくれてやる」
 山賊たちはみんな誓った。
 ファントムは馬車から降り、腰の宝剣を抜いた。山賊の頭目は太刀を構えた。この山賊はろくに剣を使ったことがない、とファントムは見て取った。構えは全く無様で、太刀はどこかで拾って来たのだろう、錆が湧いている。山賊の頭目はやたらに掛け声を上げた。大した悪党でもあるまい、ちょっとだけ脅してやろう、とファントムは考えた。サッと剣を一閃させ、山賊の太刀を打つ。太刀は折れてしまった。
「ひえー!」
 頭目は腰を抜かした。ファントムは剣をぶんぶん振り回すと、頭目を踏みつけて、首筋に剣を突きつけた。
「か、勘弁してくれ。もう山賊はしない」
「ほんとか?」
「神に誓う。もう山賊は二度としません」
「よし」
 ファントムは剣を鞘に収めた。だが放っておけばどうせまた旅人を揺するに違いないと思い、山賊たちに言った。
「おまえたち、約束通りもう山賊から足を洗うか?」
「へえ」
 みんな武器を置いて頷いた。
「じゃあ、約束通り宝石を売って金を分けてやるから、全員ロクスルーまでお供しろ!」
 全員従うことになった。ただ、オクスは出番を奪われ不満だ。戦斧を執って近くにある廃虚の石壁の所へ行き、
「てめえら、よく見てろ!」
 そう叫ぶと、斧の背を石壁に打ち下ろした。石壁が砕け散る。みんな度肝を抜かれた。
「妙な真似しやがると、こうだっ!」
 山賊たちは地面に這いつくばった。

「おい、あんな奴ら連れて行って、一体どうする気だよ」
 馬車の荷台でオクスが言った。
「ほっといたら山賊をやるぞ。それよりジャバドゥのとこに連れて行って、まともにしてもらおうと思うんだ。そんなに悪党でもないみたいだし」
「あんたは本当に世話好きだねえ」
「あいつらだって、もっとましな生き方があるかもしれないだろ?」
 山賊たちはぞろぞろ馬車のあとからついて来る。やがて、右手の遥か向こうにシャーデン湖が見えてきた。
 その日は暮れてから、フィーブクという街道の分岐点にあたる宿場に着いた。街道を真っ直ぐ行けば、プラクシー山地へと入って行き、ギースの砦辺りまで行ける。旅人は誰もそちらへは行かずに、シャーデン湖沿いに南へ向かう道を取り、ロクスルーへ向かう。
 連れて来た山賊たちに小銭を分けてやり、みんなで食事をとると、ファントムとオクスは部屋に入った。しばらくして、部屋の戸がノックされる。
「開いてるぜ」
 オクスが返事をすると、男が一人、戸を開けて入って来た。
「あんたは一緒に馬車に乗ってた人じゃないか」
 オクスが言った。クヴァーヘンから同じ馬車に乗り、終始話もしないでおとなしくしていた剣士だ。黒い服に着替えて来ている。
「一体、何の用だ?」
「お二人に折入ってお話があります」
「なんだ、かしこまって。まあ、座んなよ」
 オクスが勧めると、男は寝台に腰掛けた。
「あなた方はどのようなご身分の方々でしょうか?」
「ご身分なんて、そんなものねえよ。旅の冒険者ってとこだな」
「それなら、然るべき所に仕官なさるおつもりはございませんか?」
「仕官? ないなあ。あんた、何もんだ?」
 オクスは剣士をうろんげに見た。
「申し遅れました。私の名はベレスドークといい、ロカスタのサンジェント公の親衛隊長の一人です。公爵はデロディア王に倣い、広く野に人材を求めておいでです。あなた方お二人の腕前を拝見させて頂き、是非、親衛隊の一員に加えたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「こいつの腕は見ただろう、あのへなちょこの山賊相手の。だけど俺はあんたに腕前を見せたことはないぜ。せいぜい石を叩き割ったぐらいだ」
 オクスが言うと、
「いいえ」
 ベレスドークは答えると、黒い布を取り出して顔を覆った。
「こうすればおわかりでしょう。貴公の腕前も既にクヴァーヘンで見させて頂きました」
「ああ」
「あの時の試合好きの剣士か」
「そうです」
「肩は大丈夫かい?」
「ええ、何とか」
 ベレスドークはまた覆面を取った。
「サンジェント公の名前は聞いてるが、悪いけど兵隊なんて堅苦しい仕事はごめんだぜ」
 オクスは手を振って断ろうとした。
「いえ,サンジェント公はご自身もデロディア王からそうされたように、実力本位で人をお用いになります。あなた方ならいずれは将軍にもなれましょう」
 ベレスドークは熱心に仕官を勧めてくる。
「いや、デロディア王が門閥にこだわらないってのは知ってるよ。だけど俺たちはこれから修業しに、白い森のジャバドゥのとこへ行かなきゃならないんだ。だから無理なのさ」
「お話はありがたいんですが、そういうことです。俺たちは修業して、まだまだ力をつける必要があるんです」
 オクスにもファントムにもその気はないようだ。ベレスドークは少し残念そうだった。
「そうですか。それは残念。しかし修業とあらば仕方ありません。では今日のところは一旦諦めますが、修業が終わられたら、是非一度ロカスタにお越しください。その時は城まで来られ、私をお訪ね下さい」
「ああ、気が向いたら行くよ」
 オクスは興味がなさそうで、ごろっと寝台の上に寝転がってしまった。
「ところで、あなたがサンジェント公の配下なら、ダントンとマリオネステは知っているでしょう?」
 ファントムがベレスドークに訊いてみると、
「ええ、もちろん。あの方々は今アルバにいて、剣鬼ドワロン殿に弟子入りされているはずです」
 ベレスドークがそう答えると、ファントムは頷いた。
「そうです。俺たちも一緒でした。と言っても、ほんの三日間だけですけど」
「俺はたったの一日、いや半日だ」
 オクスがふて腐れたように言った。
「と言うのは?」
「ドワロンから破門されたんだ」
「それでジャバドゥの所へ行けと言われ、こうやって白い森へ向かっているんです」
「そうでしたか。しかしこれも何かの縁でしょう。いずれまた、あなた方とお会いできそうな気がします」
 ベレスドークは爽やかな笑顔で言った。
「ダントンとマリオネステはいつロカスタに戻るんです?」
「ドワロン殿から免許皆伝されたらすぐに。あの方々は元々は戦士でしたが、腕を買われて今では将軍です。平民の出ですが、デロディア王から爵位も授けられておいでです」
「へーえ、本当は偉いんだなあ」
 ファントムは感心してみせた。
「では、私はこの辺でお暇させて頂きます。その気にさえなられれば、他国へなど行かずに、いつでもオーヴァールのロカスタ城においで下さい。私があなた方をサンジェント公に推挙致しますので」
 それだけ言うと、ベレスドークは部屋から出て行った。

 次の日、霧が晴れるのを待って、馬車は出発した。夕方にはロクスルーの村に到着した。みんな互いに別れの挨拶をして、散って行った。ベレスドークもファントムとオクスに別れを告げた。
「これからロカスタに帰られるんですか?」
 ファントムが尋ねてみると、
「いえ、まだロクスルー辺りでも人を探してみます」
 ベレスドークは去って行った。山賊たちは馬車について来たため、みんなへたばってしまっている。馬車で仲良くなった行商の老婆が、ファントムとオクスを自宅に招待した。二人は行くことにした。
「だけどその前に、宝石を金に替えないと」
 ファントムがそう言うと、
「いやいや、俺たちもう金なんか要らねえ。これからはあんたたち二人の家来になることにしやした」
「おいおい、誰が家来にしてやるなんて言った? 虫が好すぎるぞ」
 オクスは山賊たちを睨んで言った。
「いいや、みんなで相談して決めたんでやす。家来が駄目なら召使いでもいい」
「召使いなんか要るもんか」
「いや、待て。とりあえず約束の金をやるから、おまえたち、それから白い森までついて来る気はあるか?」
「どこへでもお供致しやす」
 山賊たちは揃って頷いた。
「そこで剣術の修業をする気はないか?」
「そいつは願ったり叶ったりでさあ。親分みてえに強くなりたいからなあ、みんな」
「おう!」
 全員声を合わせた。
「しかし、きっと厳しいぞ」
「耐えますよ、親分の命令なら」
「おう!」
「その『親分』はよせよ」
 ファントムは老婆に訊いて、ロクスルーの金持ちの家を何軒か教えてもらったが、ロクスルーには大金持ちというほどの者がいない。何軒も回って一粒ずつ宝石を買ってもらったが、結局金貨五百枚にしかならなかった。クヴァーヘンの宝石商の買い値の三分の二だ。その金を山賊たちに分けてやる。山賊たちは大喜びで、ずっとファントムについて行くと言った。とりあえず山賊たちを宿に分宿させ、オクスと二人で老婆の家に行って、泊めてもらった。
 翌日、老婆にジャバドゥの居所を尋ねてみると、白い森は村の南へ行けばすぐだが、ジャバドゥなど知らないと言う。そこで山賊たちを引き連れ、森の方へ行ってみる。途中でもジャバドゥの居所を何人かに尋ねてみて、やっと森に入ってすぐの所に小屋があるとまではわかった。
 森に入ると、木を伐る音がするので行ってみると、樵がいて、ジャバドゥの小屋への道を教えてくれた。ただ、森の中には目印になる物がないのでわかりにくい。午になって、やっとジャバドゥの小屋らしきものを見つけた。小さな丸太小屋だ。小屋の前の土地が少し開けていて、小川が流れている。小屋の中を覗いてみたが、誰もいない。藁が敷いてあるだけだ。
「近くにいるのかな? それともソルダートやペレクルストが言ってたように、町へ行って乞食でもしてるんだろうか?」
「まあ、気長に待つしかないだろう。どうせおまえたちも修業するんだから、待ってる間、この近くに適当に自分たちの住む小屋でも建てとけよ」
 オクスが山賊たちに言った。みんなで木を伐り、丸太小屋を建てた。しかしその日は夜になってもジャバドゥは帰って来なかった。
 次の日は森で狩りをしながら待った。だがまたもや帰って来ない。そうやって毎日狩りをしたり、木の実を集めたり、街へ酒を買いに行ったり、オクスが山賊たちに稽古をつけてやったり、ファントムは文字を覚えたりして過ごした。

 そうして十日ほど過ぎた。山賊たちは何ともないが、ファントムとオクスは待ちくたびれてしまった。
「もう死んじまってるんじゃないか?」
「そんなことはないだろう」
「だけど十日も家に戻って来ないぜ」
「どっか他の土地へ行ったんだろうか?」
「何しろ気まぐれ屋らしいからな」
 二人が小川の前に座って話していると、村の方角から腰の曲がった老人が杖をつきながらのんびり歩いて来た。
「もしかするとあの人がジャバドゥでは?」
「でもかなりよぼよぼしてるぜ。あれが剣神かよ?」
 言いながら二人は立ち上がった。老人は二人の方に近づいて来た。頭にはすっかり毛がなくなって、長い顎髯は真っ白になっている。かなりの高齢のようだが、顔色は良くて、つやつやと輝いている。
「もしや、あなたはジャバドゥ先生ではありませんか?」
 ファントムは老人に尋ねてみた。
「わしかな? わしはジャバドゥではなくて、ロクスルーのコクランという者じゃ。それよりあなたたちかな、ここに来るまでにロクスルーの行商人たちをいろいろと助けて下さったというのは?」
 コクランは穏健な笑みを浮かべた。
「ええ、まあ」
「今日は村人たちに代わり、お礼を言いに来ました」
「そんなこと、もういいのに」
「あとで村人たちが酒と肉を運んで来ます」
「うひょー、そいつはありがてえ」
 オクスは大喜びした。
「もう何日も待たされて、退屈してたとこなんだ」
「ジャバドゥをお待ちですかな?」
「そうさ。ところがあの野郎、人が十日も待ってるのも知らずに、どこをほっつき歩いてやがんだ」
「村におりますぞ」
「え?」
「今は村で百姓をしております」
 二人はコクランのその言葉を聞いて気が抜けてしまった。
「なんてこった。一体全体、俺たち十日も何してたんだ」
「じゃあ、ジャバドゥ先生に会わせてもらえますか?」
「なんなら、これからご案内しましょう」
「そうしてもらえると助かります」
 二人は山賊たちをその場に残し、コクランについて行った。
 村の東の外れまで来ると、畑が広がっていた。麦の穂が風に揺られて、サァーと音を立てる。ヒバリか何かの小鳥が空高く舞い上がって、賑やかに鳴いている。
「向こうのとうもろこし畑の中に小屋があります」
 コクランは指差した。二人は小屋まで行ってみた。戸が風に吹かれてパタンと鳴った。中を覗いてみたが、誰もいない。
「畑のどこかにいるんだろうか?」
 二人はとうもろこし畑を捜してみた。やっぱりいない。諦めてコクランの所に戻る。
「ではきっと、村の酒場辺りで飲んでるんじゃろう」
 三人はまた村に戻ってみた。ファントムとオクスは酒場まで連れて行ってもらい、コクランと別れた。村のひなびた酒場だ。中から酔っぱらいの歌声が聞こえてくる。二人は戸を押して中へ入って行った。
「あら、いらっしゃい」
 中年の酒場女が寄って来た。
「見かけない顔だねえ。旅の人かい? でもいい男じゃない」
 二人は酒場の中を見渡した。薄汚れた酒場だ。部屋の隅には蜘蛛の巣が掛かっている。カウンターの向こうに店の主らしき太った中年男、その前に座り、飲んだくれて大声で歌っている初老の男、あとは薄汚れた服装の老人が二人、店の隅のテーブルに向かい合って酒を酌み交わしているだけだ。
「あんたたち、どっから来なすった?」
 酒場の主が声をかけた。
「アルバからだ」
 二人はカウンターの前に座った。
「アルバなんてそんな遠くから?」
 酒場女は二人の横に座った。主は木の器を二つ出して、酒を注いだ。
「まあやんなよ、旅のお人。一杯目は店の奢りだ」
 二人は酒を飲み始めた。
「ひぇー、うめえ。もう一杯くれ」
 オクスは空にした器を出した。
「ところで、ジャバドゥという人を捜してるんだけど」
 ファントムは主に尋ねてみた。
「ジャバドゥか?」
 主はオクスの器に酒を注いだ。
「あんたら、ジャバドゥに用があるって?」
 横にいた呑んだくれが顔を上げて言った。
「そう。俺たちは剣神ジャバドゥに弟子入りに来たんだ」
「もう一杯」
 オクスはまた空にした器を出した。
「へーえ、弟子入りかい、珍しい。ジャバドゥならここにいるぜ」
 呑んだくれが言う。
「えっ?」
 ファントムは隅のテーブルで飲んでいる二人の方を向いた。
「違う。あんたの目の前にいる奴だ」
 ファントムはまた振り返って、呑んだくれの顔を見た。かなり飲んでいるようで、両目が閉じかけている。鼻の頭が赤い。
「あなたがジャバドゥ先生ですか?」
「先生? そう、先生よ」
 言うと、呑んだくれはカウンターに突っ伏した。
「俺たち二人は、アルバでドワロン先生に弟子入りした者ですが、ドワロン先生から、おまえたちはジャバドゥ先生の方が向いているから白い森へ行けと言われ、紹介状を書いて頂き、こうしてアルバからロクスルーまで何日もかけて旅して来ました。
 おまけに途中、ひょんなことから二十二人も山賊たちがついて来ることになってしまい、ソルダートやペレクルストから聞けば、ジャバドゥ先生は弟子を持つのがあまりお好きではないらしいとのことですけれど、山賊たちも改心して、修業に励みたいという気持ちになっています。俺たちももちろんそうです。ですからなんとか弟子にしてはくれませんか。これがドワロン先生からの紹介状です」
 ファントムは懐からドワロンの紹介状を取り出した。しかし、呑んだくれは突っ伏したまま顔を上げない。鼾をかいて気持ち良さそうに寝ている。
「ああ」
 ファントムは溜息をついた。
「ちぇっ、しょうがねえ爺さんだ。おやじ、もう一杯だ」
 オクスはまた器を出した。
「肉はねえか?」
「干肉ならあるぜ」
「干肉でいいや」
 オクスはひたすら飲み食いを続けた。ファントムは呑んだくれが起きてくれるのをじっと待った。
 しばらくして、隅のテーブルにいた老人の一人が声をかけてきた。
「あんたたち、どうしてドワロンの所を出て来た?」
「破門されたんだ!」
 オクスが大声を上げた。
「ほう、破門か」
「ドワロンを知ってるんですか?」
 ファントムが老人に尋ねると、
「聞いたことはある」
「今この世界で最も強い、五剣君の一人ですよ。剣鬼ドワロン」
「らしいな。それでは、その五剣君の中では誰が一番強い?」
「聞いただけだけど、剣魔ガブリエルだとみんな言ってる」
「うむ、そうじゃな。じゃがガブリエルはどこかへ行ってしまったらしい。そうなるとガブリエルを除いて、残りの四人の中では誰が一番強いかな?」
 この老人は何を言い出すのかと思いながらもファントムは答える。
「さあ、よくわからないけど、ドワロン先生が剣王ディングスタだと言ってたよ」
「どうしてじゃ?」
「なんでも、食魂の剣というのを持ってるからだって」
「ふうむ。ではその次は誰じゃ?」
「さあ、俺は知らないよ。剣鬼ドワロン、剣神ジャバドゥ、剣聖サンジェント公のうちの誰かだろ」
「そりゃそうじゃ。では、五剣君の次に強いのは誰じゃ?」
「よく知らないけど、たぶんアルバの四剣じゃないか。ダントン、マリオネステ、ソルダート、ペレクルスト」
「その次は?」
 ファントムは老人のしつこさにうんざりしてきた。
「もう知らないよ。俺はあんまり知らないんだ。あと強いって言えば、ここにいるオクスか、競技会に出てたバーンか、それくらいしか知らないな」
「おや、そこにいるでかいのはそんなに強いのか?」
「アルバの競技会で去年まで三年続けて勝ってきたんだ。だけど今年は決勝戦でペレクルストに負けたよ」
 ファントムがそう言うと、オクスは苦い顔をした。
「それはそうと、そう言うあんたはどうなんじゃ?」
 老人はファントムに訊いた。
「俺なんか全然」
「ほう。その剣を見せてくれないか?」
 老人は急にファントムの宝剣に目をやった。いいよ、とファントムは腰から宝剣を鞘ごと抜き、老人に手渡した。
「なかなか立派な宝剣じゃ」
「青い森で盗賊から奪って来たんだ」
 老人は剣を抜いて眺め回した。
「これはいい剣じゃ。こいつでかなり斬ったじゃろう?」
「何人か斬ったよ」
「ところでもう一度訊くが、ドワロンとジャバドゥではどっちが強い?」
「わからないよ。ジャバドゥの腕前を見たこともないし」
「ドワロンはどうじゃった?」
 ファントムはしばらく思い出してみてから、
「そう、一度、剣を石畳に突き刺したことがあったな。俺がいくら引っ張っても抜けなかった。でもドワロンは易々と抜いてしまったよ」
「俺は弓矢で魔女をてんてこ舞いさせてるのを見たぜ」
 オクスも言った。
「そうか。それじゃあ」
 老人は立ち上がってファントムに宝剣を返すと、主に言って空の酒瓶に水を満たして詮をしてもらい、カウンターの上に置かせた。
「それじゃあ、あんたの腕を見せてもらおう。その剣でこいつを横から切ってみてくれないか?」
「そんなことできっこないよ」
 ファントムは馬鹿々々しいと言いたそうな顔をしてみせた。
「まあ、やってみろ」
「きっと瓶が割れるか、落ちてしまうに決まってる。上から切ったとしても、切れずに割れてしまうよ」
「いいから、割れてもどうせ中身は水だ。主が怒ることもなかろう」
「ああ。だけど酒瓶を割ったあとはちゃんと掃除しといてくれよ。ガラスを踏んづけると危ねえからな」
 主が言った。
「じゃあ」
 ファントムは剣を抜き、身構えた。みんな黙って注目する。呑んだくれの鼾だけが聞こえてくる。ファントムは渾身の力を込め、剣で瓶を横から打った。ガシャン、と瓶が割れて水が飛び、床に落ちて砕け散った。
「それ、言わんこっちゃない」
 主は箒を取りに行った。
「やっぱり無理だ。ガラスが切れるわけない」
「どれどれ、次は俺が試してみよう」
 オクスは面白がってファントムから剣を引ったくった。別の酒瓶に同じように水を入れて詮をしてもらう。力を込めて、ビュッと振る。ガチャン! またもや瓶が割れて、部屋じゅうに水と瓶の破片が飛び散った。
「魔法使いじゃあるまいし、ガラスが剣で切れるもんか」
 オクスは剣をファントムに返した。ファントムは剣を鞘に収めた。
「本当にそう思うか? 魔法でもない限り、ガラスは切れないと思うか?」
 老人は笑った。
「では、ドワロンでも無理かな?」
 ファントムは考え込んだ。石畳に剣を突き刺したあの時の手並みを思い出してみる。
「ドワロンだろうが誰だろうが、無理なものは無理さ」
 オクスが言うと、
「そういうふうに、できないと初めから決めてかかっていては、いつまで経ってもできないじゃろう」
「できると思っても、こればっかりはできっこないさ」
「ワッハッハッハッ」
「何がおかしい? それともあんた、できるって言うのか?」
 老人は黙って剣を鞘ごともらった。主がまた瓶を用意する。老人は柄に手を掛けて構えた。まさかとみんな思っているが、それでも注目する。
「おいおい、そういうのを年寄りの冷や水ってんだよ。怪我しないうちにやめときなっ」
 オクスが老人をからかって言った。老人は黙ったまま剣を鞘から三分の一ほど抜き、その姿勢のままピクリとも動かない。西陽が射し込んで、老人の顔を照らしている。
 その時、抜いたっ、とみんなが思った。しかし老人を見ると、やはり鞘から剣を三分の一ほど抜いた姿勢のままだった。
「抜いたのか?」
 オクスが訊いた。老人はそれには答えず、剣を鞘に押し込むと、ファントムに返した。
「やっぱりやめにするか? そいつが利口だぜ」
 オクスが笑い声を上げた。
「そうだ。お遊びはそれまでだ」
 言いながら、主が瓶をつかんだ。
「あっ!」
 みんな驚いた。主の手には今つかんだ瓶の首の部分しかなかった。カウンターの上の瓶の残りを水が伝い、カウンターを濡らしていた。みんなしばらく声が出ない。
「まさか……」
 オクスが瓶の残った部分を手に取った。と、水がカウンターの上にザッと溢れた。瓶の底だけがカウンターの上に残っている。
「ああっ!」
 みんなびっくり仰天してしまった。瓶は二箇所で切れていたのだ。それも測ったように底だけが残っていて、切り口はどちらもカウンターと平行だ。
「そんな馬鹿な! だいたい剣の刀身には厚みってもんがある。だからこんなことは起こるはずがない。爺さん、あんた魔法を使ったのか?」
 オクスは信じられないという顔つきで言った。みんなも不思議がるだけだ。
「ハッハッハッ、魔法じゃと思うか?」
「魔法じゃないとしたら……、あっ!」
「あなたがもしかして……」
 思わずファントムも口を開いた。
「アッハッハッ」
 老人は高笑いを上げた。
「ジャバドゥ先生ですか?」
 老人はそれには答えず、テーブルに戻った。
「それじゃあ――」
 ファントムはカウンターに突っ伏して眠っている呑んだくれを見た。
「この人は?」
「ただの酔っぱらいさ」
 酒場の主が答えた。

 酒場を出ると、ジャバドゥは畑の方へ向かって歩いて行く。ファントムとオクスはジャバドゥについて行った。
「また畑に戻られるんですか? 森に戻って剣術を教えて下さい」
「そろそろ畑仕事にも飽きてきたから、そうしても良いが、何しろ酒手のために開墾してあそこまで作物を育てたのじゃから、あの小麦ととうもろこしを刈り取るまではなあ」
 ジャバドゥはなかなか申し出を受けてくれない。
「それなら二十四人も人手があるんです。もう先生が畑仕事をする必要はありませんよ」
「ではそうするか」
 ジャバドゥはあっさりと態度を変えた。
 三人は森の方へ向かった。ジャバドゥを見ると、汚れて所々破れたよれよれの服を着ていて、髪もぼさぼさ、髯も伸び放題だ。これが本当に剣神か、とファントムもオクスも心の中で疑った。
 森の小屋に戻って来ると、山賊たちが村人の運んで来た酒や肉を並べ、酒宴の用意をして待っていた。
「ジャバドゥ先生だ」
 ファントムが全員に紹介すると、たちまち山賊たちは地面に平伏した。
「たった今飲んできたとこじゃが、せっかくじゃからもう一杯やるか」
 みんな大喜びで酒宴が始まった。
 翌日から稽古が始まる。朝夕は交代で畑仕事と狩りをする。しかしジャバドゥの稽古は日が暮れてからもまだ行われた。
「早く強くなりたければ、一日中やれ」
 ジャバドゥはそう言った。稽古と言うより、まるで拷問されているようなきつさだ。すぐにみんな剣術より畑仕事の方が好きになった。そのくせ、ジャバドゥはというと、小屋の中でごろごろ寝ているだけだった。ところが稽古の手を抜いていると、いつの間にかやって来て、木剣でしたたかに打たれた。
「野良仕事がこんなに楽しいとは思わなかったぜ」
 山賊たちはみんな口を揃えて言った。

 一週間もすると、残っている者は、ファントムとオクス以外には山賊五人しかいなくなった。他の十七人は厳しい稽古に耐えられず、早めに脱走するか音を上げてしまい、山賊に戻るぐらいならと、ジャバドゥが畑を与え、百姓にしてしまった。
「ではそろそろ本当の修業に入るとするか」
 稽古八日目の朝、食事をしている最中に、ジャバドゥが残った七人を前にして言った。
「…………?」
 みんなジャバドゥのその言葉の意味がよくわからない。
「昨日までやってきたのは本当の修業じゃなかったって言うんですか?」
 ファントムがびっくりして訊くと、
「そうだとも。昨日までのはお遊びじゃ。誰が耐えられるか試してみただけじゃ」
 へばりかけているところにそんなことを言われ、みんな驚いてしまった。どんな凄まじい修業が待ち受けているのか? そう思うと、内心みんな怖じ気づいてしまった。
 七人とも内心鬱々としながら食事していると、またジャバドゥが言った。
「みんなビクついておるようじゃの。しかし心配は要らん。本当の修業と言っても、この七日間より辛いわけではない。考えようによっては楽しいものじゃ。今までの稽古が本当の修業ではなかったと言うのは、つまり――」
 ジャバドゥはそこで言葉を切り、またムシャムシャと食べた。
「つまりこんなとこに集まって、いもしない相手に向かって素振りをしたり、偽の打ち合いをしたり、一見無意味に思える木の枝からの逆さ吊りや、千回木登りや、片手綱渡りや、寝ずに一晩中石を持ち上げているなどのことは、剣術の腕を上げるためにしたことではない。ろくに剣も振れないおまえたちに、腕力をつけさせるためにした準備運動じゃ。だからもういい。
 早く強くなるには真剣勝負を数多くこなすことじゃ。今の世の中、外に出れば真剣勝負の相手には事欠かない。じゃのに道場などに引き籠もり、仮想の敵を相手に空気を切っておるなど、どこのどなたか知らんが、もったいない話じゃ。おまえたちは真剣勝負で勝てる腕が欲しいのじゃろう?」
 みんな黙って頷く。
「では答は一つじゃ。外へ出よ」
「でも、外で負けて殺されちゃあ、元も子もないんじゃありやせんか?」
 山賊の一人が言うと、
「そうじゃ、馬鹿者、わかりきったことを言うな。そのためにわしという師匠がいる。それだけのためにな」
「それじゃあ、危ない時は助けてくれるんですか?」
 ジャバドゥは首を振った。
「誤解するな、臆病者。わしはおまえたちにはついて行かん。これからわしがおまえたちの力に応じた使命を与えるから、おまえたちは言われた所へ行き、その使命を達成すれば良いのじゃ。おまえたちの実力は七日間見せてもらっておよそわかった。それぞれに適した使命を、段階を踏んで与える。これからはおまえたちの師匠は外界全てじゃ」
 朝食が終わると、ジャバドゥは全員に使命を言い渡した。
「まず、ヘルボー、フルコ、ルオー、シュバール、カルカソンの五人は、ロクスルーの洞窟へ行け。東へ真っ直ぐ三日も行けば良い。じゃが、気をつけるのは洞窟の中に入ってからじゃ。ゴブリンどもが祈りの女神像を村から持ち去った。その祈りの女神像を取り戻して来るのじゃ」
 山賊五人は頷いた。
「ただし無茶はするな。必ず勝てる相手という保証はどこにもないからな。困った時には知恵を使うのじゃ。一つだけ真実の技を全員に教えといてやろう」
 全員注目する。
「もし自分より強い相手に出会った時はどうする?」
 みんな黙っている。
「答は一つ、逃げるのじゃ。自分が敵わない相手だとわかれば、意地など張らずにすぐ逃げる。それが最後まで勝ち残る方法じゃ。死んでしまえば負けじゃからな。わかったな、これだけは必ず守ることじゃ。強がる奴は愚か者じゃ。それから、オクスとファントムにはもうちょっと難しいことをしてもらう。チャカタンの町に、わしの知り合いでヴィ・ヨームというのがいる。まずそのヴィ・ヨームを捜すのじゃ」
「捜して、ここに連れて来るんですか?」
「いいや、違う。ヴィ・ヨームに会えば、次に何をすれば良いかわかる」

 七人は早速二手に分かれて旅立った。
「俺たちまた追っ払われたんじゃないか? ペレクルストたちみたいに」
 歩きながらオクスが言った。
「一週間したら、先生はもう厭になったのかなあ。まあ、とにかくチャカタンまで行って、ヴィ・ヨームとやらに会ってみよう」
「でもこれじゃあ、わざわざアルバからやって来た意味もないぜ。また西の方に逆戻りするんじゃないか」
 オクスはしらけてしまったという感じだ。
「うーん、でもジャバドゥ先生の言うことは本当だと思うな。俺だって、ここに来るまでにいろいろな敵とやり合って、少しは腕を上げたと自分でも思うよ」
「まっ、そう言やそうだ。実戦を重ねれば自然に強くなる、それが一番近道かもな」
 オクスは気を取り直そうとした。
「師匠なんて要らないのかもな。ジャバドゥは弟子を持ちたがらないんじゃなくて、そう思ってるんだよ。だいたい五剣君に師匠がいたなんて、聞いたこともない」
「そりゃそうだな。師匠がいたなら、師匠より強くなってることになるしな。あんなふうに瓶を輪切りにしちまうなんて、教わってできるもんじゃないぜ。ほんとに剣神だ」
 白い森の朝はまだ陽が射していない。二人は話しながら、霧に包まれた早朝の森の小道をどこまでも歩いて行った。




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