6. 鎮 魂 の 戦 斧



 やがて南の城門が見えてきた。ところが門の前まで来ると、扉が閉まっていた。
「やいっ、さっさとここを開けやがれっ!」
 オクスが大声で叫んだ。
「通行証を見せろ」
 門番が脇の小屋から出て来て言った。
「何をっ! 出て行くのに通行証もへったくれもあるか!」
 オクスが怒鳴ったその時、門の横の城壁の上に、弩に矢をつがえた十人ほどの兵士たちが姿を現した。
「おまえたちだな、さっき船着場で城兵に刃向かった不届きな奴らは!」
 その中の一人、弩矢を手にしていない隊長格の兵士が呼ばわった。次にはビュンッ、ビュンッ、と矢唸りがして、足元に矢が立った。兵士たちが威嚇射撃をしてきたのだ。馬が驚いていななく。
「畜生! ふざけやがって! 俺を怒らせると只じゃ済まねえぜ」
 オクスは馬から飛び降りると、門に向かって突進し、大斧で門扉を一撃した。扉に割れ目が入る。そのまま斧を引っ提げて、城壁の梯子を登り始めた。真上にいた兵士が、下のオクスに弩で狙いをつけた。
「あっ、危ないっ!」
 ファントムは咄嗟に肩の弓を執り、矢をつがえるが早いか、その兵士を狙って射た。矢は兵士の胸に突き立っていた。
 城壁上の兵士たちはそれを見ると、ファントムに向かって弩を構えた。危ないと思ったファントムは馬を走らせた。その間にオクスは城壁の上に辿り着き、斧を振り回して暴れ回った。たちまち門の片側にいた弓兵を叩っ斬り、命令を下していた隊長格の奴を片手でつかむと、城壁の下に放り投げた。隊長は石畳に叩きつけられ、脳味噌が飛び出した。
 門のもう一方の城壁側にいた兵士たちは、慌ててオクスに弩を向けた。オクスは門の上を走って反対側に猛突進する。ファントムが下からまた矢を放った。矢は先頭の兵士の喉を貫いていた。オクスが暴れ回る。反対側にいた奴らもあっと言う間に斬り殺された。城門は血の海だ。門番小屋にいた兵士が城の方へ走って逃げ出す。応援を呼ばれては、とファントムは番兵を馬で追い、長剣でサッと首を刎ね飛ばした。オクスが城壁から下りて来る。続けて斧で閂をガンガン叩き壊した。
「長居は無用だ」
 オクスも馬に乗り、二人はダフネの城門を走り出た。
「とうとう殺ってしまったな」
「あいつらから仕掛けてきたんだ。気にするな」
「城から追手が来るだろう」
「来たらまた殺ってやるだけさ。しかしおまえもなかなかやるじゃねえか。人を殺したことがないとか言いながら、もう二度目だ。あの弓は見事だったぜ」
 そう言われてみると、なぜ当たったのかファントムには信じられなかった。
「何も考えずに咄嗟に矢を射たら、たまたま当たったんだ」
「二回ともか? だから俺が言ったろ、あんたにゃ人殺しの才能があるんだって」
「そうだろうか?」
「そうさ。自分じゃあわかっちゃいないが、この世の悪党どもを懲らしめるためにこの世界にやって来たんだぜ、きっと」
 オクスにそう言われ、ファントムはもう開き直った。
「もう、仕方がないか」
「そうさ。こうなっちゃあ、殺るか殺られるかだ。殺らないと殺られる。それなら俺は、殺られる前に殺る方を選ぶな」
「…………」
「なんだ、後悔してるのか、殺しをしちまったって? でもな、くよくよしたってしょうがないぜ」
 ファントムは首を強く横に振った。
「いや、そうでもないさ。急にきみが羨ましくなったのさ」
「なんでまた?」
「自分の法則で生きてるから。俺も他人の法則に縛られずに、自分の法則で生きたいなあって、ふと思ったのさ」
 オクスは笑って頷いた。
「それがいい。そうしなよ。余計なことにわずらわされないのが一番だ。この世界じゃな、自分さえ強ければそれでいいのさ」
「そうだな。前向きに考えよう」
「そうだ。何でも前向きにな」
 二人は馬を駆って南へ進んだ。

 途中で日が暮れ、二人は草原の真っ只中で野宿することになった。焚火をして、作りかけの干肉を焼いて食う。それから寝袋に入って寝ていると、夜中に急に馬がいななき始めた。二人は起き上がると、素早く武器を手にした。空はいつの間にか雲に覆われていて、暗くて辺りの様子がわからない。馬が激しくいななく。いきなり何かが飛びかかって来て、ファントムが噛みつかれた。ファントムがその何かに剣で斬りつけると、相手は鳴き声を上げた。オクスも格闘している。馬が暴れているようだ。
「おい、狼だぞ! 大丈夫か?」
 オクスが声を出した。
「脚を咬まれたけど大丈夫だ」
 ファントムは暗闇に向かって答えた。
「狼は脅すのがいい」
 そう言うと、オクスはわめき声を上げながら斧を振り回した。ファントムも同じようにわめき声を上げながら剣を振り回した。
 しばらく暴れてから火を起こしてみた。狼たちはどうやら尻尾を巻いて逃げて行ったようだ。近くに斬り殺した狼の死体が転がっている。火で照らしてみると、馬が二頭とも襲われて、大怪我をしていた。
「こりゃ駄目だ。どっちも助からねえ」
 オクスが馬を見て言った。
「楽にさしてやろう」
 そう言ってから、オクスは斧で馬の息の根を止めた。
「怪我を見せてみろ」
 オクスはファントムの脚を火で照らして見た。布で傷口を縛る。
「大したことないが、変な病気でも持ってたらまずいな」
「食堂の給仕女が言ってた通りだな。危なくて夜は安心して寝られやしない。おまけに馬を失くしてしまったし……」
 二人は火を焚いて、死んだ馬の肉を焼いて食べながら、夜の明けるのを待った。しかししばらくすると雨が降り出した。
「ついてねえや」
「しょうがないから、歩いてプラクシー川まで行って、船を見つけないか?」
「それがいいな」
 二人はしばらく雨に濡れながら座っていた。

 空が白み始めると、二人は荷をまとめて雨の中を出発した。
「とにかく南へ真っ直ぐ行けば、何とかなるだろう」
 しかし雨が激しくなり、たちまち草原がぬかるみだした。加えてファントムは狼に咬まれた傷が痛んできて、思うように進めない。
「まあ、慌てることはねえんだ。馬の肉があるし、ゆっくり行こうや。どれ、荷物を持ってやろう」
 オクスはファントムの麻袋を担いだ。二人はずぶ濡れになりながらぬかるみの中を歩いて行ったが、その日はあまり進めなかった。
 夕方になって、まばらに生えた木の下に腰を下ろすと、交代で眠ることにした。ファントムが先に寝て、いくらか経つとオクスと代わった。真っ暗な中、雨の落ちる音だけが聞こえてくる。頭がぼうっとする。熱があるようだ。今にも瞼が落ちてきて、眠り込んでしまいそうになる。
 そうしてファントムが木にもたれてうとうとしかけていると、何かが木の上から下りて来て、体の上に乗ってきた。
「おい、オクス、オクス」
 ハッとしてオクスに声をかけたが、オクスはなかなか起きない。体の上に乗ってきたぬるぬるした物は、だんだんファントムの体に巻きついていくようだ。
「オクスっ!」
 思いきって大声を出すと、
「何だ……?」
「何だかわからないけど、大きな蛇みたいなのが俺の体に巻きついてるんだ」
「何だって?」
 オクスは起き上がった。
「動くんじゃないぞ」
「動けるもんか」
「待ってろ、今火を起こして……、くそっ、雨で無理か」
 オクスは手探りでファントムに巻きついている物に触ってみた。
「こりゃでかい蛇だ。ファントム、おまえ、短剣を抜くことができるか?」
「ああ、何とか」
「蛇の頭はどっちの方だ?」
「たぶん俺の足の方だ。そっちにゆっくり進んでる」
 蛇のような物はのろのろと動いていた。
「よし、じゃあ俺が蛇の頭の方に飛びかかって頭を突きまくるから、おまえはどこでもいいから蛇の胴を切り離しちまうんだ。こいつに絞められたら大変だ。いいか、行くぞ」
「ちょっと待ってくれ。今短剣を抜く……。いいぞ」
「よし!」
 オクスがファントムの足の方に飛びかかって、手探りで蛇の頭を捜した。頭を探り出すと、片手で押さえて短剣で突きまくった。ファントムも蛇の胴に短剣を突き刺した。蛇が暴れだす。ファントムの体に巻きつけた胴を絞めつけてきた。更に突きまくると、今度は胴を緩めて逃げようとした。オクスもファントムも逃がさない。真っ暗闇と雨の中で、二人は突きまくり、切りまくった。
「もういい。もう大丈夫だろう」
 二人は手を休めた。
「ほんとにここじゃあ、おちおち寝られもしねえぜ」
「ほんとだ。寝袋もびしょ濡れだし」
 仕方なく、二人はまた起きたまま夜が明けるのを待った。
 明るくなってから見ると、殺したのは太股ほどの太さがある大蛇だった。二人して滅多突きにしたので、頭は潰れ、胴もバラバラ、ぐちゃぐちゃになっている。
「うっかり眠ってたら、今ごろこいつの腹の中だったぜ」
 二人は荷を背負うと、どしゃ降りの雨の中、また旅を始めた。

 昼になるとようやく雨が上がった。所々に沼のような水溜りができている。水溜りを歩いていると、足に蛭が吸いついてきた。短剣で削ぎ落とす。
「あれは何だ?」
 ファントムがふと前方を見ると、何かが這って近づいて来た。
「ありゃスライムだ。まあ、蛭の化け物みたいなもんさ」
「殺すか?」
「ああ。だけどゆっくり刺すんだぞ、汁を飛ばさないように。あいつの体液が皮膚につくと、爛れるからな」
 見ていると、スライムは十数匹ほども集まって来た。ファントムは長剣で、オクスは短剣でスライムを刺す。
「おい、刺しても刺してもきりがないぞ」
「そうだ。タウにはたくさんいたから知ってるが、こいつはなかなか死なないんだ。火炙りにでもしないとな。さっさとずらかっちまおうぜ。食いつかれないように気をつけるんだぞ」
 二人は注意深くスライムを刺しながら進んだ。
 しばらく行くと、前方に幅の広い川が流れているのが見えてきた。
「やっとプラクシー川だ」
「こりゃ船でもないと渡れないぜ。水嵩も増してるようだし」
 向こう岸が遥か彼方に見える。
「上流へ行って、渡し舟でも捜そう」
 二人は川に沿って上流へ向かった。少し行くと、川岸で何かが蠢いていた。
「何だ?」
「大トカゲだ。次から次へといろいろ出て来てくれるぜ」
「どうする?」
「知らん顔して通り過ぎようぜ。だが油断するなよ。剣を抜いておけ」
 二人は用心しながら大トカゲの横をゆっくりと通り過ぎた。
「本当にこんな所じゃ、ろくに眠れないな。早く舟でも見つからないかなあ」
 しばらくして、二人が川岸に腰を下ろして食事をしていると、川下の方から大型船がやって来るのが見えた。
「やったあ、船だ! クヴァーヘンの方角に向かってる。あいつに乗せてもらおうぜ」
 オクスは立ち上がり、船に向かって手を振って呼びかけた。
「おーい、乗せてくれー。こっちだあー」
「おい、待てよ。あれはダフネから来た乗合船じゃないぞ」
 ファントムはすぐにおかしいと気がつき、オクスに船に向かって呼びかけるのをやめさせようとした。
「ん?」
「乗合船は確か明日ダフネを出るはずじゃないか。今頃はモロトフ湖かダフネに着いているくらいだ。こんな所にいるはずがない」
「何でもいいじゃないか。上流へ向かってるんだから、乗せてもらおうぜ」
 オクスが船に向かって呼びかけ続けていると、向こうも気づいたらしく、小舟を数艘下ろしてこちらに向かって漕いで来た。
「何だか様子がおかしいぞ。あんなに大勢で迎えに来る必要はないだろ」
「そう言やそうだ。ご大層な歓迎ぶりだ」
 見ると、小舟が四艘近づいて来る。乗っているのはどれも武装した兵士のようだ。それぞれの舟に八人ずつに分かれて乗っている。
「こりゃやばい。ダフネからの追手だ」
 その時兵士たちが弓を構え、一斉に矢を射てきた。二人は咄嗟に伏せた。
「こんなとこまで追って来るとは、しつこい野郎どもだぜ」
「戦うしかないな」
 ファントムは這いつくばったままオクスの方を向いて言った。
「うん。もう逃げるのは面倒だ。でも飛び道具じゃ敵わないから、接近戦に持ち込もう。陸に揚げるんだ。武器だけ持って、後ろの茂みに隠れよう」
 二人は這って後退すると、そのまま茂みの中で息を潜めた。兵士たちは岸に舟を乗り上げさせると、剣を抜いて上陸して来た。
「近くに潜んでいるぞ。捜せ!」
 兵の一人が命令する。ファントムは剣を握り締めた。
 兵士が近づいて来ると、突然オクスが茂みから飛び出し、近くにいた兵士を鎧ごと大斧で叩っ斬った。続けざまに二人、三人と一撃で倒した。兵たちがオクスの方に気を取られている隙にファントムも飛び出し、一人、二人と斬り捨てた。盗賊から奪った宝剣の切れ味は抜群だ。鎧も何の造作もなく切れた。奇襲攻撃に兵士たちが怯んでいる隙に、オクスは猛烈に斬りまくった。
 更に一人、二人と斬り倒す。鎧を切って刃が欠けてしまったので、斬ると言うより、大斧の重みで叩き潰すと言った方が正確だ。しかしファントムの剣は刃こぼれ一つしない。だが一人の兵士がかかって来た時、剣で受け止めた弾みにぬかるみに足を取られ、そのまま兵と一緒に倒れてしまった。相手はここぞとばかりにぐいぐい剣を押しつけて来た。ファントムの方は熱があるため、完全には力を出しきれない。たちまち押し負かされてきた。
 ファントムは長剣で必死に支えながら、ふとアルバの競技会での双刀バーンの手を思い出した。サッと右手で相手の短剣を抜き、脇腹を突き上げた。相手はファントムの体の上でもがいたあと、ぐったりとなって動かなくなった。ところがほっとしたのも束の間、更に別の兵が上から襲って来た。体の上で死んでいる兵の死体が邪魔をして動けない。ファントムは死体をどけようと必死でもがいた。
 やられた、と思った瞬間、敵の頭が兜ごと潰れていた。オクスが後ろから斧でぶん殴ったのだ。敵の隊長は何を思ったのか、兵士たちを川縁へ退かせた。
「弓矢で来る気だ」
 オクスは言うと、素早く弓と矢を執り、退き下がって行く兵士の一人の背中を射抜いた。ファントムも射ようとしたが、自分の弓は倒れた時に折れてしまっていた。そこで目の前の兵の死体から弓矢を取って射た。しかし焦っていたせいか、狙いを外してしまった。矢は兵たちを追い越して、水の中に落ちてしまった。
「クソッ!」
「早く茂みに隠れよう。撃ってくるぞ」
 オクスはファントムを促した。二人とも退がって茂みに伏せた。案の定、敵は川縁まで退却すると、弓矢で一斉攻撃を仕掛けてきた。茂みを突き抜けて近くに矢が立つ。
「どうする?」
「うん、このままだと殺られる。まだ二十人ほど残ってる」
「いい考えはないか?」
 そう言っていると、敵がまた一斉に矢を放ってきた。耳元で矢が唸る。
「うっ!」
 矢の一本がファントムの肩に刺さった。 
「大丈夫か?」
「ああ、何とか」
 見ると、オクスの腕にも矢が立っている。
「絶体絶命だ」
 二人は万策尽きて、観念しかけた。ところが今度はなかなか矢が飛んで来ない。それどころか、川縁の兵士たちが悲鳴を上げているのが聞こえる。
「どうしたんだろう?」
 二人はそっと茂みを掻き分けて顔を出してみた。
「ああっ!」

 何が起こったのか、初めのうちは事態が呑み込めなかった。川縁の兵士たちがみんな混乱していた。
「何だ、何だ?」
 オクスが身を乗り出した。だが次には混乱の理由がわかった。川の中から馬鹿でかい蛇のような物が何本も出ていて、水際にいる兵士たちをつかんでは、水の中に引き込んでいるのだ。兵士たちは突然のことに大混乱を起こしている。
「大蛇か?」
「いや、違う。よく見ろ」
 蛇ではなかった。先へ行くほど細くなっていて、片側に吸盤のような物が並んでいる。長くて太い蛸の脚のような物だ。
「何だ、あれは?」
「きっとプラクシー大蛸だ。噂でだけ聞いたことがある。滅多に姿を見せないそうだが、川や川縁にいる生き物なら何でも食っちまうという、ここだけにいる淡水の大蛸だ」
 兵士たちは次々と触手によって水の中へと連れ去られて行く。
「ああやってどんどん水の中に連れ込んでから、あとでゆっくり食っていくそうだ」
 兵士たちはとうとうみんな水の中に引きずり込まれ、頭だけ出していたが、それから一人ずつ濁った水の中に姿を消して行った。
「まさか人喰い蛸に救われるとはな」
「たこ様様だ」
 追手の軍船は、陸に揚がった兵士たちがみんな大蛸に食われてしまうと、船首を下流に向け、ダフネの方角へ引き返して行った。
 二人はほっとすると、矢を抜いて、お互いに傷口を縛った。少し休憩して、蛸が去ってしまったことを確かめると、オクスは刃の欠けた斧を捨て、兵士の剣を二本取って腰に差した。ファントムは弓を取った。それから二人ともまだ使えそうな矢を集めて、自分の矢筒に入れた。
「そうだ、兵隊の乗って来た小舟がある。こいつで向こう岸へ渡っちまおうぜ」
「そんな無茶な! こんな小舟だと、さっきの大蛸に襲われたら一溜りもないぞ」
 ファントムはオクスの無謀な考えに呆れてしまった。
「平気さ。蛸はどっかへ行っちまった。もう二十人も食ったんだぜ。川底でお昼寝してるさ。その隙に向こう岸へ渡っちまおう」
 オクスは小舟のうちの一艘にさっさと荷を積み込んでしまった。
「勇敢と言うか、怖いもの知らずと言うか、きみは一体どういう神経してるんだ?」
 ファントムは仕方なく櫂を操りながら、オクスに言った。
「何でもいいから、たこ様が腹を空かさないうちに、早く向こう岸へ行っちまおうぜ」
 二人はどんどん舟を漕いだ。

 川の上では何事も起こらず、二人は無事対岸に着いた。川は緩く曲がりながら、南東の方から流れて来ている。大蛸が出るとまずいので、二人は少し川岸から離れて、川沿いに南東へ進んだ。
 少し行くと、南の方に民家が並んでいるのが見えてきた。
「おっ、あんなとこに村があるぞ。まだ早いが、今日は格闘ばかりでくたびれたから、あそこに泊まろうじゃないか」
 オクスがファントムに言うと、
「そうだな。ちょうどいい所に村があって良かった。とにかく今日はへとへとだ」
 二人は村の方へ歩いて行った。家は草原の中にあるので、草葺きや丸太小屋が多いが、石造りの建物もいくらかある。外に出ている者を見ると、みんな背が低く、がっしりしていて、髭を長々と伸ばし、赤茶けた膚の色をしている。女まで髭がある。
「ここはドワーフの村だぜ」
「大丈夫かな、人間が入って行って?」
「まあ、ドワーフは大丈夫だろう。たいてい人間には友好的だ。中には人間嫌いもいなくはないけど」
 二人が話しながら歩いていると、早速二人を見かけたドワーフが一人寄って来た。
「あんたら人間か?」
「そうだ」
 オクスが答えた。
「こんな所まで何しに来た?」
「アルバからロクスルーまで行く旅の途中だ。おい、この村に宿はないか? 俺たち今日はくたくたなんだ」
 ドワーフはしばらく考え込んでから、
「ないこともないが、ここは何しろドワーフの村だ。あんたみたいに大柄な人間の寝るベッドがないぜ」
「ベッドなんか要らねえ。屋根と食い物と酒があれば、それで充分だ」
「ならついて来いよ。案内してやるよ」
 ドワーフは先頭に立って歩いて行く。そうやって村の中を歩いて行くと、家から他のドワーフたちが出て来て、あとからぞろぞろとついて来た。
「何だい、そんなに人間が珍しいのかよ」
「こんなとこ普通、人間は通らないからな」
「なるほど」
「だがな、俺たちゃ人間は友達だと思ってるぜ。俺たちの敵は目下のところ、ルドネの丘の麓にいるトロールどもよ。だから人間とは仲良くしたいのさ」
「そりゃ良かった」

 それから少し歩いて、ドワーフはとある石造りの建物の前で立ち止まった。
「ここが宿か?」
「宿なんかこの村にはないが、この長老の家なら広いから、あんたらでっかい人間でも泊まれらあ。これから長老に頼んでやるよ」
「そりゃすまないなあ」
 ドワーフはファントムとオクスを連れて建物の中に入った。ドワーフが大声で呼ぶと、長老が奥から出て来た。
「おや、人間がこの村にやって来るとは珍しいこった」
「この人間たちが今夜泊めて欲しいそうだ」
 長老は戸惑ったような表情を浮かべた。
「泊めてやってもいいが、あんたらの体に合ったベッドがないよ」
「さっき俺もそう言ったんだが、床で寝て構わないんだとさ」
 オクスもファントムも頷いてみせた。
「そんなら泊まってきな。さあ、こっちに来なされ」
 二人が長老について行こうとすると、案内をしてきたドワーフが言った。
「ちょっと待ってくれ。せっかく人間が来たんだから、みんなで歓迎したいって、外に集まってるぜ」
「そうか。なら今晩は広場で宴を開くことにしよう」
「それがいい。じゃあ俺はみんなに言って用意させるから、二人とも一息ついたら広場に来てくれ」
 案内のドワーフはそう言って、長老の家から出て行った。二人は長老に奥の部屋へと案内された。
「おまえさんたち、どこから来なすった?」
「アルバだ。これからクヴァーヘンを通ってロクスルーへ行くとこだ」
「アルバとは、また遠い所からわざわざご苦労なことじゃ。どうじゃな、宴でみんなに遠い町のことを話してやってくれないか。みんな喜ぶじゃろう」
「そりゃ構わないが、そんなことよりこの村に酒はあるかい?」
 オクスは長いこと飲んでいない酒が恋しくてたまらないようだ。
「酒はいくらでもある」
「そりゃ気に入った。思えばダフネでも飲み損なったから、アルバを出てから全然飲んでないことになる。久しぶりの酒は、こりゃきっと美味いぞ」
「ところで、この村は何ていう名前?」
 ファントムが長老に訊いた。
「ここはテミルじゃ」
「テミル……。地図にはなかったなあ」
 ファントムは首を傾げた。
「ああ、人間の地図には載ってないじゃろう。ここ二十年来、人間が来たことはないからな。特にプラクシー川に大きな船が通るようになってからは、さっぱりじゃ」
「へーえ、結構こんな近くにも人間が知らない土地があったんだ」
 ファントムとオクスは部屋で荷を解き、濡れた物を拡げて干すと、長老に案内されて広場へ行った。
 広場にはドワーフたちがもう大勢集まって来ている。肉の焼けるいい匂いがしてくる。酒を注いでみんなで飲む。ドワーフの若者たちが楽器を演奏して、歓迎の踊りが始まった。踊りが終わると、要求されてオクスがアルバやタウの町の話をした。みんなじっと聞き入っている。ファントムも一緒になって、アルバからテミルまでの出来事を話した。みんな二人の冒険に感心した。
 ファントムが大蛸を見たことを話すと、長老が、大蛸はこの村の守り神だと言った。外敵がプラクシー川を渡るのを防いでくれているのだと言うのだ。だが同じ川の南岸に今のところ唯一の敵がいて、抗争を続けていると言う。
「トロールかい?」
 オクスが酒を煽りながら訊くと、
「そうじゃ」
 長老が答えた。
「トロールは頭は悪いが、体が人間よりもでかくて、力が強い。そいつらが集団で襲って来た日にゃあ、村は荒れ果てちまう」
 ドワーフの一人がさも悔しそうに言った。
「どうじゃね、あんたらは人間の勇者じゃ」
 長老が何か決心した様子で言った。
「そうでもないさ」
 ファントムは手を振って否定したが、
「こうして二十年ぶりに人間がこの村にやって来たのも、きっと川の神のお導きじゃと思うがのう」
 川の神とはどうやらあのプラクシー大蛸のことを言っているようだ。
「俺たちゃ初めてここに来たんだぜ」
「それも川の神のお導きじゃ。この際このお二人の力を借りて、トロールどもに先手を打つというのはどうかな?」
「おいおい、待ってくれよ」
 オクスは慌てたが、ドワーフたちの大歓声が彼の声を掻き消してしまった。

 部屋に戻り、床に毛布を敷いて横になると、二人は相談し始めた。
「参ったなあ。とんだ所に来ちまったぜ」
「困ったなあ。どうしよう」
「今夜のうちに逃げ出すか?」
「でもそれじゃあドワーフたちに申し訳ないだろう」
「しかしトロール一匹が相手ならともかく、一部族全部が相手となりゃあ話は別だ。まず死ぬ確率の方が高いぜ」
 そこに長老が入って来た。
「お願いじゃ、何とかこの村の民を救って下され」
「しかし俺たち二人が加わったところで、たかが知れてるぜ」
 二人とも乗り気でない。
「それでもいい。あんたらは危ない場所に出なくてもいい。人間が味方についたというだけで、テミルのドワーフ一族の士気が上がるのじゃ。実のところ、ドワーフはトロールどもに押されっぱなしで、このままじゃとこの村はいつか滅ぼされてしまう。何とか味方について下され。お礼はいくらでもする」
 長老は先程のドワーフたちの前にいる時とは違い、二人に一生懸命懇願した。
「こんなに頼んでるんだから、味方になってやろうよ」
「そうだな。何かの縁かもしれないな。よし、手伝うぜ」
「本当ですか。ありがたい」
 ドワーフの長老は涙を流して喜んだ。
「だけど、こいつは今ちょっと病気なんだ。こいつは外してやってくれ」
 オクスがファントムを指して言うと、
「病気とはどうなされた?」
「狼に咬まれてから具合が悪いのさ。少し熱があるようだし」
「ならこれからすぐに、まじないの婆さんを呼びに遣らそう。婆さんの薬草はどんな病気にもよく効くんじゃ」
 長老は自分の息子に言って、まじない師の婆さんを呼びに行かせた。
「二、三日してこの方の病気が治ってからでいい」
「そうするとして、鍛冶屋はいるか?」
「いるとも」
「じゃあ、俺のために戦斧を一丁打たせてくれないか。どんな形にするかは俺から言う。ダフネの兵隊から剣を奪って来たんだが、軽すぎて俺には使いにくいからな」
 オクスは床に転がしてあった剣を指差して言った。
「ああ、あんたの注文通りの物が作れる腕のいい鍛冶屋がいるよ。明日連れて行こう」
「とにかく三、四日こいつが休養を取る間、作戦を考えさせてくれ。正攻法で行ったんじゃ、死人がたくさん出るだけだ」
 しばらくして、まじない師の婆さんというのが、長老の息子に連れられてやって来た。
「狼に食われたんだって? どれどれ、傷口を見せてみなされ」
 ファントムは布をほどいて、狼に咬まれた脚の傷を老婆に見せた。
「こりゃ病気持ちの狼に食われなすったな。傷口がひどく膿んでおる。すまんが強い酒を持って来てくれんか」
 まじない師の婆さんは長老の息子に言った。長老の息子はすぐに酒壺を持って来た。
「このままほっておくと、死んでしまうとこじゃったぞ」
 そう言うと、老婆はファントムの傷口に酒をかけて消毒した。
「あ痛っ!」
 酒が傷口にしみた。老婆は酒壺を置き、持って来た薬籠から薬草の軟膏を包んだ葉を取り出して開き、ファントムの傷口に塗り込んだ。それから綺麗な布で包帯をした。
「しばらく膿が出て痛いが、我慢するんじゃ。三日もすればすっかり治る。どれ、そっちも手当てしてやろう」
 老婆は、ファントムの肩に血のにじんで泥に汚れた布が巻きつけてあるのを見て言った。
「こんなに汚れたままほっとくもんがあるもんか」
 老婆はまた傷口を消毒して軟膏を塗り込み、包帯をした。
「あんたもじゃ」
 オクスも腕の矢傷を手当てしてもらった。
「ありがとう、お婆さん」
「お蔭で気持ち良くなったぜ」
「なあに、礼には及ばんさ。あんたたち、これからも旅を続けるんなら薬をやろう」
 そう言うと、老婆は同じような薬の包みをいくつかくれた。
「それじゃあ、治してくれたお礼に――」
 ファントムはそう言いながら、麻袋から宝石をつかみ出した。
「おやまあ、これは宝石じゃないか」
 老婆は宝石を見てびっくりしている。長老がそれを見て慌てて言った。
「そんな物をドワーフの前で出すんじゃないよ。ドワーフのただ一つ良くないとこは、何より宝石に目がないということじゃ。宝石を見ただけで、途端に意地汚くなる」
「こんな物構わないさ。どうせ盗賊から奪って来たんだから。長老さんにもあげるよ」
 ファントムは麻袋からジャラジャラと音を立てながら宝石を取り出した。
「そうか。じゃあ一粒だけ頂こう」
「じゃあ、あたしも一粒」
 長老と老婆は宝石を一つずつ取った。だが、まだ二人とも物欲しそうに見ている。
「もっとあげようか」
「いやいや、それはあんたらのもんじゃ」
 老婆は長老の息子に送られて帰って行った。その夜は二人ともぐっすり眠った。

 翌朝、長老に起こされる。
「お疲れのようじゃな。食事ができてるから食べなされ」
 二人が朝食をとりに行くと、ドワーフの戦士の隊長たちが来ていた。ファントムとオクスが食事をしていると、しきりにトロールを倒す方法を訊いてくる。
「さあ? 方法と言われても特にないなあ。とにかくこっちから敵の棲みかを奇襲することだな。敵に悟られないようにするには、夜討ちに出るのが一番いいんじゃないか?」
「敵の棲みかがどうなってるかわかるか?」
 ファントムが訊くと、隊長の一人が紙に羽根のペンで図を描いた。
「トロールはルドネの丘の麓にこんな具合にたくさん横穴を掘り、そこに暮らしている。洞穴はざっと五十ほどある。一つの穴に一匹から、多ければ十匹以上棲んでたりすることもあるな」
 ファントムは図をじっと眺めた。
「全部で何人いるんだ?」
「三百から四百ってとこだろうか」
「んー」
 ファントムは朝食をとりながら考えた。そして隊長から羽根ペンをもらうと、
「まずオクスが言うように夜討ちするとして、見張りがいると邪魔だ。見張りは?」
「いつも穴の前に十匹ほど散らばっている。そのうち五匹は、恐らく首領のゲーンズのものと思われる洞穴の辺りにいて、あとの奴らはうろうろしている」
 ファントムは図に見張りの配置を書き込んでから言った。
「よし。じゃあ弓と弩、それから矢をできるだけ集めてくれ。強力なやつをだ。夜になってから全員で棲みかの近くに忍び寄り、まず見張りを射殺す。それから、洞穴の前に燃える物をたくさん積んで、洞穴の中に煙を送っていぶり出そう。出て来る奴らを片っ端から射殺す。生き残りが出たら、別働隊が斬りつける。穴の上にも兵を置こう。これでかなり殺せる。ただ、雨が降らなければいいんだが……。そのあとは……、そうだ、槍をたくさん用意してくれ。これもなるべく長いものがいい。槍を持って、こういうふうにそれぞれの穴の出口を取り囲んでしまう」
 ファントムは図に書き込んで示した。
「向こうは洞穴からいっぺんには出て来れないから、一人出て来る度に、みんなで一斉に突き殺すんだ。もし槍を交わしてきた奴がいれば、抜刀隊がかかる。これが巧くいけば、こちらの被害は少なくて済むだろう」
「なるほど、これはいい手だ」
 ドワーフたちは頻りに感心した。
「ファントム、おまえなかなか戦の才能があるじゃないか。いつの間に覚えたんだ?」
 オクスも感心した。
「さあ? ただの思いつきだ。とにかくこれでいこう」
 ファントムの戦法に全員賛成した。

 ファントムは食事を終えると、病気を治すためにそのまま部屋に戻って寝た。オクスはドワーフに鍛冶屋へ連れて行ってもらった。そこで戦斧を注文する。
「三日じゃ無理だ」
 鍛冶屋はきっぱりと言った。
「ここにある物にしなよ」
「ここのはどれも短かすぎる。この二倍の大きさのを作ってくれ」
 鍛冶屋はとんでもないと言わんばかりの顔をして、
「そんなの三日じゃとてもできないぜ。刃を入れるのに時間がかかるんだ。そんなでかいのが要るのなら、社に奉納してあるのでも使いなよ」
「使っていいのか?」
「長老に言って出してもらいなよ。きっと出してくれるさ。あんな馬鹿でかい代物は誰も使わねえからな」
 オクスはそれを聞くと、急いで戻り、長老に頼んでみた。
「む、仕方あるまい」
 長老は社へオクスを連れて行くと、社の鍵を開け、中に掛けてあった戦斧を見せた。
「これは鎮魂の戦斧といって、ドワーフの戦死者を弔うため、特別に打たせた奉納用の斧じゃが、刃入れもちゃんとしてあって、立派に実戦にも使える。じゃが、背の低いドワーフには長すぎる。あんたのように大きな人なら使えるじゃろう。神に奉納した物じゃが、ドワーフのために使うのじゃから、神も戦死者たちもお許し下さるじゃろう」
 オクスは鎮魂の戦斧を手に取ってみた。
「こいつはいい!」
 大きさも重さも、オクスでないと扱えない大戦斧だ。戦斧の頭には細工が施され、刃も研ぎ澄まされていて、覗き込むと顔がはっきりと映った。柄も鋼鉄で、先端に槍の穂先が、柄尻にも鉤刃がついている。
「こりゃ素晴らしい!」
 オクスは戦斧を手に持ったまま社の外に出て、早速扱ってみた。
「こいつは理想的な戦斧だぜ」
 すっかり鎮魂の戦斧が気に入ってしまった。
 その日から三日間、オクスは隊長たちに言ってドワーフの戦士たちを集めさせ、部隊に分け、段取り通りの予行演習を繰り返した。
 三日目に長老の家に戻って来た時、ファントムが家の裏で剣を振っていた。
「もういいのか?」
「ああ、すっかり良くなったよ」
「じゃあ、今夜だぞ」
「ああ」

 夕方になると、ドワーフの戦士たちは腹ごしらえをし、ファントムもオクスも革の鎧を着込んだ。暗くなってから全員徒歩で出発する。数輌の車に燃え易い藁や干し草、薪などを積んで曳いて行く。真夜中頃になって、やっとルドネの丘の裾に辿り着いた。篝火が点々と見える。恐らくトロールの見張りがいるのだろう。
 まず、全員で二百人いるドワーフの戦士のうち、弓隊兼槍隊の五十名を二手に分け、丘の方へ迂回させた。次に平地側は、弓隊兼槍隊百名を四人ずつの二十五組に分け、残り五十名の抜刀隊を各組に二人ずつつける。その組み合わせで横一文字にそっと散開させた。抜刀隊は車から薪や藁束を下ろして背負った。その陣形で、トロールの見張りが確認できるまでゆっくり這って前進した。オクスとファントムは陣の中央にいる。
「いるぞ。トロールだ」
 見張りを発見すると、口伝えで横に伝えていった。
「よし、もう丘の方は準備ができただろう」
 全員に口伝えで弓を構えさせる。矢をつがえると、弓の者は膝を着き、弩の者は寝て体勢を整えた。
「ワッハッハッハッ」
 急にオクスが笑い声を上げた。
「何だ?」
 トロールの見張りが笑い声のした方に近づいて行く。
「撃てっ!」
 オクスの号令と共に百本の矢が一斉に宙を飛んだ。それを見て、丘の上の部隊も見張りに矢を射掛けた。全身に矢を浴びたトロールたちは、ばたばたと倒れた。抜刀隊がサーッと駆け寄り、まだ生きているトロールのとどめを刺した。
「やった。巧く全員やっつけたぞ」
 ファントムはオクスの横顔に囁いた。
 抜刀隊はそのまま背負った薪や藁束を洞穴の入口に積み上げ、火種から火を移した。巧く火が起こると、大団扇で扇いで洞穴の入口に煙を送り込んだ。弓隊は更に前進し、洞穴の入口を狙って弓矢を構えた。
 そのまま少し待つと、トロールどもが大声を上げながら洞穴の出口にぱらぱらと姿を現した。抜刀隊は団扇を捨てて退く。弓隊が矢を続けざまに放った。残ったトロールを抜刀隊が前進して斬りまくった。
「よし、槍に替えろ!」
 頃合いを見計らってオクスが命じた。弓隊は弓を捨てて槍に持ち替え、洞穴の出口に突進した。出て来たトロールを片っ端から串刺しにする。緑色の血があちこちで飛び散った。
 トロール側にもドワーフ族の夜討ちだとわかりかけてきたようで、戦鎚や大槌を持ってどうっと飛び出して来た。しかし、何しろ出口からは一人ずつしか出られない。防がれている穴から出て来たトロールは、ほとんど出口で滅多突きにされた。だが防いでいない洞穴もいくつかあった。そこから出て来たトロールと、ドワーフの抜刀隊との白兵戦があちこちで始まった。
「よし」
 オクスは鎮魂の戦斧を握り締め、突き進んだ。オクスはトロール相手でもちっとも怯まない。おまけに鎮魂の戦斧の切れ味は素晴らしくいい。たちまちオクスの前にはトロールの屍の山が築かれていった。ファントムも宝剣を抜き、苦戦しているドワーフの助太刀に回った。宝剣の切れ味も抜群だ。圧倒的にドワーフ側が有利になってきた。
 と、洞穴の一つから出て来たトロールが、あっと言う間にドワーフたちを薙ぎ倒し始めた。大暴れしてドワーフの槍兵たちを戦鎚でぶちのめしていく。オクスがそれに気づいて駆け寄った。篝火に照らされたそのトロールには、首が二つあった。
「やい、化け物、おまえがトロール族の首領のゲーンズか?」
 オクスは二つ首のトロールに向かって呼ばわった。
「そうだ、ゲーンズだ。おまえは人間だな。なぜ人間がドワーフ族の味方をする? 金で傭われたか?」
 破れ鐘のような大声だ。
「金で傭われたんじゃない。ちょっとした縁だ。とにかくおまえには死んでもらうぜ」
 言うや否や、オクスは戦斧を振りかざしてゲーンズに飛びかかって行った。ゲーンズは戦鎚で応戦する。暗がりにガッと火花が散った。ゲーンズは物凄い腕力だ。オクスは離れて闘おうと思い直し、ダッと後ろに飛びすさった。着地した瞬間に隙を衝こうと槍先を繰り出したが、ゲーンズはオクスの動きをちゃんと見ていて、戦鎚を振って斧を払いのけた。
 今度はゲーンズが大戦鎚を振り下ろしてきた。オクスはそれをサッと柄で受け止めると、すぐさま戦斧を回して、柄尻についている鉤刃を突き立てようとした。しかしゲーンズも素早く戦鎚の柄を返し、鉤刃を弾き飛ばした。そのまま十数合打ち合ったが、ゲーンズは腕も良く、オクスは相手に全く傷を負わすことができない。
 ゲーンズはじりじりと間合いを詰めようとする。あの丸太のような腕につかまれては敵わないので、オクスは間合いを詰めさせないように後ずさりした。その時、ワーッと気勢を上げてドワーフの戦士が横から助太刀に入ったが、一撃でゲーンズの戦鎚にぶちのめされてしまった。
 更に十数合、二人は火花を散らしたが、勝負は一向につかない。ファントムはそれを見つけ、近づいて弓に矢をつがえた。シュッと矢を放つ。矢は見事にゲーンズの片方の顔に命中した。ゲーンズは咄嗟に片手で矢の立った顔を押さえた。オクスはその隙を逃さず、ダッと踏み込み、戦斧を振り下ろした。
 ゲーンズは戦鎚の柄でそれを受け止めようとしたが、一瞬遅かった。オクスの鎮魂の戦斧がゲーンズの首と首との間を割って、胸まで切り裂いていた。ゲーンズは倒れて、しばらく痙攣していたが、そのまま息絶えた。緑色の血がどくどくと流れ出す。ワーッ、ワーッ、とドワーフたちの歓声が上がる。勝鬨がルドネの丘と野に響き渡った。

 ドワーフの戦士たちは揃ってテミルの村に引き揚げた。夜明けに村に着くと、村人全員が外に出て、勝利を知るや、お祭り騒ぎとなった。酒宴が催される。みんな上機嫌だ。オクスも酒をぐいぐい飲んだ。長老を初め、村の主だった者たちが礼を言いに来る。しかし、それからオクスがふと気づくと、ファントムの姿が見えなかった。その辺を捜したが、やはりどこにもいない。長老の家に戻ってみる。家の中を捜すと、薄暗い寝室の中、ファントムが一人でじっと座っていた。
「一体どうしたんだ? また塞ぎの虫かよ。一緒に来て飲もうぜ。まだ病気が良くならないのか?」
 オクスはファントムの顔を覗き込んだ。
「いや」
「じゃあどうしたんだ。機嫌が悪そうだな」
「俺はどうしてもみんなと一緒に喜ぶ気にはなれないんだ」
「なぜだ? 今日はおまえさんの作戦が大当たりで勝てたんだ。あんたが主役さ。主役がいなくちゃ困るぜ」
 オクスは酔っ払って、ファントムの肩に抱きついた。
「俺はな、戦いが終わって、あのトロールたちの死骸を見て、喜ぶどころか悲しくなったんだ。俺たちは本当にいいことをしたのかって、ふと思えてきた。よく考えてみれば、ドワーフたちにとっては仇敵かもしれないが、俺たち二人はトロールに何の恨みもないんだ。そりゃあ人間にとってみれば、ドワーフは友好的で、トロールは常に攻撃的かもしれないが、俺たちには何の関係もない。
 たまたまドワーフたちに親切にされたからって、そのお返しに何の恨みもないトロールたちを、三百人も四百人も殺してしまった。これが正しいことだと言えるだろうか? 殺す策を考え出したのは俺だ。その策によってトロールたちはみんな死んだ。俺はやっぱりとんでもない過ちを仕出かしたんじゃないだろうか?」
 ファントムは座ったまま頭を抱え込んだ。
「おいおい、怪物を殺したあとで、一々反省してたってしょうがないぜ。どうってことないさ。もう忘れろよ」
 オクスはそう言いながらも、ゲーンズが自分に向かって、『なぜ人間がドワーフ族の味方をする? 金で傭われたか?』、と訊いてきた言葉がふと頭に浮かんだ





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