4. 競 技 会



 見ると、夕方に道場で一緒だったアルバの四剣たちだ。
「ファントムじゃないか」
 真っ先にファントムを見つけたダントンが声をかけた。
「大丈夫か?」
「俺は大丈夫だけど、ご覧の通り、怪我人だらけだ。ちょうどいいところに来てくれた。礼拝堂まで運ぶのを手伝ってくれないか」
「もちろん手伝うが、先生の命令でおまえを捜しに来たんだ。無事で良かった」
 四剣とファントム、オクスは板を拾って来て、重傷者から順に礼拝堂へ運んだ。
「あいつはとにかく凄かった。魔女が魔法を使って稲妻を落としたり、火を噴いたりしても、ちっとも当たらない。目にも止まらぬ早業で、ひょいひょいと屋根から屋根へ飛び移って行くんだ。そいつが矢を射ると、魔女は交わすので精一杯だった。あんなとてつもなく強いのがこの町にいるとは知らなかった。あんな奴、競技会に出たこともねえし……。一体何者なんだろう?」
 怪我人を運ぶ板を持ちながら、オクスは興奮して後ろのファントムに話しかけた。
「それはきっと……」
 ファントムは考えた。この町の者なら、それはきっとドワロンかディングスタかのどちらかに違いない。
「どっちだろう?」
「おまえ、知ってるのか?」
 オクスは興奮している。あの弓矢の手管が忘れられない。オクスはこれまで、自分より強い者を知らなかった。しかしそれを今夜見た。それで怪我人のことなどより、そっちのことばかり喋っているのだ。
「剣鬼ドワロンを知ってるか?」
 ファントムは前を行くオクスに言った。
「知らねえ」
「じゃあ、剣王ディングスタは?」
「知らねえなあ」
「そういうのを井の中の蛙って言うんだ」
「何だって?」
「いや。それじゃあ、アルバの四剣は知ってるか?」
「何だい、そりゃあ?」
 オクスは自分の知らない名前ばかり出て来るので、怪訝そうな顔を後ろのファントムに向けた。
「さっきの四人さ」
「強いのか?」
「ドワロンの弟子たちだ。たぶんきみより強いだろう」
「ほんとかよ。あんな奴ら、見たのは初めてだぜ」
「競技会に出て腕を見せびらかそうとする奴らなんて、どうせ大した奴らじゃないのさ」
「そうかよ」
 オクスはふくれた。
「そんじゃあ、おまえさんは結構やる方なのかよ」
「俺はまるで駄目だ。実は剣を使ったこともないんだ」
「へえー、偉そうなのは口先だけかい」
「だけど、魔導剣士ガブリエルなら知ってるだろう?」
「聞いたことあるような、ないような……」
「へえー、ガブリエルを知らない奴に初めて会った。やっぱりここにもきみみたいのがいるのか」
 オクスはプイッと前を向き、
「ほっとけ。俺は目の前の敵しか知らねえ。自分が殺した奴も忘れることにしてるんだ。それが俺のやり方だ」
「なるほど」
 オクスは人を殺しても気にもしないような性分らしいが、こうやって怪我人を運んだり、ゴーレムや翼獣と闘ったりしたのだからと思うと、悪人であるはずがない、とファントムは彼に好意を持った。

 僧侶たちが寺院から礼拝堂に、怪我人の手当てにやって来ていた。命を失った者は怪我人が多い割には案外少なかった。自分では身動きもとれない者たちを運び終えると、六人は礼拝堂で一息つくことにした。水を飲んでから、六人は話し合った。
 彼ら四剣たちは、昼間に道場で見た鉄のような表情はどこへやら、感情も人並み以上にちゃんとあったので、ファントムは安心した。
「スヴァルヒンと闘ったというのは誰だったんだろう?」
 ファントムが四剣に訊いた。
「先生さ」
 マリオネステが答えた。
「やっぱりそうか。ところで、あなたたちはどうしていたんですか?」
「稽古を続けていた」
「あんな大変な時に?」
「我々は剣殺の許可を受けていない。魔女の横暴を見ても手は出せない。我々は万事、先生のおっしゃることに従う。勝手な行動は絶対に取れない」
「厳しいなあ」
「鉄則だ。この鉄則を守れなければ、いつまでも同じことを繰り返すしかない」
 ファントムは四剣にいろいろと尋ねた。ダントンとマリオネステは剣聖サンジェント公の配下で、ソルダートとペレクルストは元々は白い森の剣神ジャバドゥに弟子入りしていた。サンジェント公は立場上、弟子の養成などできないので、ロカスタで最も腕の立つダントンとマリオネステの二人の若者をドワロンに預け、ゆくゆくはその剣の腕を役立てるため、二人をロカスタに呼び戻すことにしているそうだ。
 ジャバドゥの場合はそれとは違っていて、弟子入りして来たソルダートとペレクルストを、三月と経たないうちに放り出した。彼らに言わせれば、ジャバドゥとは大変な変わり者で、ただ単に弟子の相手をするのが面倒なので、逆に教育好きのドワロンに弟子を押しやり、自分はどこかに消えてしまったという。
 彼らの知るところでは、ジャバドゥという人はこうしろと一言言うと、そのあとは一日中森のあばら屋でごろごろ寝てばかりいて、弟子の稽古など見ようともしない。かと思うと突然姿を消し、その後ふっと村に現れて乞食をしていたりする。あの人が本当に剣神と呼ばれる人なのだろうか、とソルダートもペレクルストも何度も疑ったと言う。別に大したことは何一つ言わない。ただジャバドゥは、ブレード・スピリトゥスという精霊の刀を持っていて、抜けば七色の光が飛び交うという。
 ジャバドゥは自分のことも他人のこともあまり喋らないが、口を開けばガブリエルのことばかり言っていたという。
「この世で刀を使わせれば、自分かドワロンだろう。だがガブリエルには敵わなかった。突き詰めれば、刀の使い手は剣の使い手に勝つ。それだけ空を切る時間が短いからだ。しかしガブリエルは、刀とか剣とか、どの武器を使うかという問題外にいる――ジャバドゥ先生はよく言っていた」
 ソルダートはしみじみと語った。
「だが我々にはまだ、そこのところはよく理解できないのさ。剣殺の許可をもらえない所以だろう」

 ファントムとオクスが四剣の話に聞き惚れていると、そこにひょっこりイレーヌが姿を現した。
「まあ、こんな所にいたの?」
 ファントムは声を聞いて振り返った。イレーヌが立っている。
「イレーヌ、無事だったのか。良かった」
 ファントムは喜んだ。
「ええ、何ともないわ。それよりみんなで何してるの、こんな大変な時に?」
「怪我人をここに運んでたんだ」
「まあ」
 イレーヌは少しばかり驚いたようだった。ファントムは彼女のことを忘れていたので、慌てて言う。
「そんなことより、きみを捜してたんだ。心配してたんだぞ。と言っても、今までころっと忘れてたけど」
「まあ、薄情ね」
 イレーヌはすねてみせた。瞳が輝く。彼女のその瞳に、ファントムはうっとりとした。
「俺はそろそろ帰るぜ。明日は競技会だ。家に戻って一眠りしてくらあ」
 そう言うと、オクスは立ち上がった。
「競技会って、こんな大変な時に本当にやるのか?」
 ファントムは驚いて訊いた。
「もう片づいたじゃないか。競技会がなくなるわけないだろう。とにかくお天道さんが真上に来たら始まりだ。見に来るがいいさ。俺がどれだけ強いか見せてやるから。もっとも俺の出番は最後の一瞬だけだがな。その一瞬で、賞金の金貨千枚と勇者の楯は俺の物になる」
 そう言い残すと、オクスはとっとと礼拝堂から出て行った。ファントムはイレーヌを送りに外へ出た。もう夜が明けている。
「ねえ、少し眠ったら競技会を見に行きましょうよ。強いわよ、オクスは」
「知ってるよ。もうあいつの腕は少しだけ見たよ。だけど俺には修業があるから……」
「今日だけ休ませてもらえば?」
「入門して二日目だぜ。そんなことできっこないだろう」
 ファントムがそう言うと、イレーヌはがっかりして肩を落とした。
「ふうん、残念ね。年に一度の大競技なのに……。アルバの競技会って、ほんとに有名なんだから。祭典って言っても、ほとんどみんな競技会を見に来るのよ。何しろアルバだけじゃなくって、世界中からいろんな格闘家が集まって来るんだから。あの大闘技場が観客で超満員になるのよ」
「へえー」
 ファントムは一応は感心してみせたが、どうでもいいという顔をしている。
「何よ、興味なさそうねえ」
「少しは興味あるけど、何しろ先生が許してくれないだろうから……。まっ、一応頼んでみるよ。どうせ無駄だろうけど」
「とにかく頼んでみなさいよ。私、お昼前に道場に迎えに行くから。駄目なら私からも頼んであげるわ」
「そこまでしてくれなくたっていいよ。どうせなるようにしかならないさ」
 ファントムは鍛冶屋までイレーヌを連れて行くと、そのまま道場に引き返した。
「うちに泊まっていけばいいじゃない」
「でも先生が待ってるそうだから、とりあえず道場に戻らなくちゃ。きみがさっき、先生に頼めって言ったんじゃないか」
「じゃあ、お昼前ね。ねえ、ほんとに戻っちゃうの?」
 イレーヌが引き止めたが、ファントムは道場への道を引き返した。
 道場に着くと、ドワロンと四剣たちが待っていた。
「ご苦労だったな」
 ドワロンが声をかけた。
「先生こそ魔女を追っ払ったそうですね」
「まあな」
「これから稽古ですか?」
「わしは眠い。おまえも寝ろ」
 ドワロンは目をこすってみせた。
「先生、一つだけお願いを聞いて下さい」
 ファントムが姿勢を正して言う。
「何だ?」
「今日の競技会を見に行っても……」
「何?」
「いいえ、駄目ならいいんです。オクスが出るからちょっと見たいと思っただけで……」
「うーん、オクスか。ゆうべ見た。よし、見に行こう、全員で」
 ファントムはドワロンの意外な返事にびっくりして、目をぱちくりさせた。
「本当にいいんですか?」
「たまには息抜きしたいしな。特に最近はこいつらの剣術しか見ていないし」
 そう言って、ドワロンは四剣の方を向いた。
「とにかく寝るぞ。わしは眠い」
 ドワロンは立ち上がり、奥へ入って行った。長い一日の疲れで、ファントムはぐっすりと眠り込んだ。

「起きなさいよ。競技会に行くわよ」
 目を開けると、イレーヌが来ていた。
「イレーヌか……。まだ寝たばかりなのに。もう少し寝かせてくれ……」
 ファントムはまた目を瞑った。
「駄目よ。早く行かないと、いい席がなくなってしまうわ。早く起きてよ! 他のみんなはもう支度ができてるわよ」
「わかった。起きるよ……」
 ファントムは寝ぼけ眼で起き上がった。
 ドワロン一行は昼前に出発し、やがて統領邸の前にさしかかった。そこに人だかりがしていて、男が凄まじい大声で泣きわめいているようだ。人垣を掻き分けて見てみると、泣いているのはドットだった。恐ろしそうな大男が首のない死体にすがって泣きわめいているので、野次馬たちはみんな近寄らずに遠巻きにして、何事かと興味深そうに見物している。
 しばらくして統領邸から人が出て来た。
「統領を呼べ! 俺はビンライムの戦士、ドットだ。呼ばないと、この町の人間を皆殺しにしちまうぞ!」
 ドットは統領邸から出て来た者に激しくわめき散らした。ドットの気勢に気圧されて、その者は再び統領邸の中に入って行った。
 やがてアルバの町の統領、サンエステが出て来た。
「何事だ?」
 野次馬たちは統領の姿を見て、道を開けた。
「おまえが統領か。よく聴け、この遺体は――」
 ドットは統領に指を突きつけ、次に首のない死体を指差した。
「ビンライムの騎士、ディングスタ・ピグノー様だ。この町の長であるおまえが、昨日魔女から逃げ隠れしていた時に、ディングスタは魔女のスヴァルヒンと勇敢に闘い、そうしてこんな姿になった。他国者がこの町の民を救おうとしてこうなったんだぞ。おまえはそれでもこの町の統領か! 恥を知れっ!」
「むむ……」
 サンエステはうろたえた。
「いいか、ディングスタ・ピグノーはグローデングラップ王の寵愛を一身に受けていた者だ。このままで済むと思うなよ」
 そう言い残すと、ドットはまたもや大声で泣きわめきながら、死体を抱いて去って行った。ざわめきが残った。サンエステの顔面からは血の気が失せてしまっていた。
「ディングスタが死んだ……? 信じられない……」
 ファントムが呟いた。一行はそのまま闘技場へと向かったが、途中でドワロンが言った。
「ディングスタが死んだというのは偽りだ」
「えっ!」
 みんな立ち止まった。
「あの死体をよく見たか? 他の者の屍だ。わざわざ首を切り、ごまかそうとしていたのだ。わしはゆうべディングスタが魔女と闘うのを見た。ただしわしの見たところでは、あれは芝居だった。ディングスタは空から墜落した。なのになぜ首が失くなっているのだ? それだけでもおかしいとは思わんか?」
 みんな黙って頷いた。
「ディングスタが魔女ごときに後れを取る訳がない。一体、何を企んでおるのだ……」
 ドワロンは腕組みをして顔をしかめたまま、じっと考え込んでいる様子だった。そのまま一行は闘技場へ向かったが、みんな重苦しい気分になった。

 闘技場に入ると、既に観衆が大勢詰めかけていて、前の席には座れない。中央の格闘場では、アルバの町やその他の町から集まった、腕自慢や命知らずたちによる予選が、十組ほどで繰り広げられている。どちらかが参ったをするか、逃げ出すと勝負がつく。中には大怪我をして闘技場から担ぎ出されたり、死んでしまう者もいる野蛮な競技だ。
 誰かが倒される度に、観客席からわっと歓声が上がる。イレーヌは見ているうちに興奮してきて、一緒になって騒ぎだした。
「ひどいなあ」
 ファントムには興味が湧かない。それどころか、顔を背けてしまった。見ると、客席は知らないうちに満員に膨れ上がっていた。物売りが回って来たり、あちこちで賭も始まっているようだ。
「どうだ、おまえたちのうちの誰か、出てみないか?」
 ドワロンが四剣たちに向かって言った。
「決勝戦で怪力オクスと対戦してみろ」
 ファントムはそれを聞いてびっくりした。
「では、私が行きましょう。先輩方に骨を折らせるのは気が退ける」
 ペレクルストが立ち上がり、腰の剣に手を掛けた。
「殺すんじゃないぞ」
 横にいるソルダートが言った。
「わかってるさ」
 ペレクルストは通路から控え室へと向かった。
 しばらくしてからペレクルストが格闘場に姿を見せた。相手は大柄で恐ろしそうな顔つきの僧兵だ。しかし試合が始まると同時に、ペレクルストの目にも止まらぬ早業によって剣の腹で打たれ、血反吐を吐いて砂の上に悶絶していた。勝負を見る暇もなかったが、見ていた者はやんややんやの喝采だ。そうやって何度か勝負を繰り返し、本戦に出場する十二人が決まり、予選が終了した。
 ここで休憩となった。賭屋たちの動きが活発になる。格闘場の砂が均され、血の痕が消される。続いてゲートから小人たちが大勢出て来て、輪になって踊りが始まった。ショータイムだ。ファントムたちは売り子から弁当を買って食べだした。
「ねえ、向こうにオクスがいるわよ。向こうの観客席の最前列」
 イレーヌがパンを頬張りながら指差した。ファントムはオクスを見つけた。じっと座ったまま、眠ったように動かない。
「ああ、オクスだ。あんな所で何してるんだろう?」
「もちろん試合を待ってるのよ。三年連続のチャンピオンだもの。いつも今頃出て来て、観客席で準決勝を待つのよ」
「そうか。でも、何をあんなに深刻に考えてるんだろう?」
「きっと勝負のことでしょ……。あら、やだ、よく見てごらんなさいよ。あの人居眠りしてるわ、ほら」
 イレーヌはけたたましい声を上げた。
「んー、ほんとだ。寝てるぞ」
「呆れた人ね。これから本戦が始まるっていうのに」
 よく見ると、オクスはこっくりこっくり、今にも席から転げ落ちそうになっている。
「大した肝っ玉だ」
 横でソルダートが感心していた。

 小人の踊りも終わり、ゲートから退場すると、代わってきちっとした身なりの中年男が現れ、格闘場の中央へと進み出た。客席は急にしんとなった。男は咳払いを一つすると、朗々としたよく通る声で言った。
「さて、お集まりの紳士淑女の皆さん! これからいよいよみなさんお待ちかねの、今年のアルバの勇者を決める本戦の始まりです」
 男が向きを変えつつそう言うと、今度はゲートからきらびやかな衣装を身にまとった女が六人出て来た。四人は金貨がたくさん載った盆をそれぞれ捧げ持ち、あとの二人は一つの大きな楯を持っている。司会者は続けた。
「優勝者には賞金、なんと千枚!」
 客席がどっと沸いた。
「そしてこの勇者の楯!」
 わあーっと歓声が高まった。
「これらの栄誉を手にするのは、果たして誰か? では、本戦に勝ち残った十二人の強者たちを紹介しましょう。
 まず第一組の第一戦は、タウの町の船乗り、荒海で人喰い鮫を次々と屠ってきた、三叉戈の使い手、その名は竜巻ビーン! 対するは、地元アルバの町の無頼漢、その名を耳にしただけで泣く子も黙る、悪党ソビン! 手にした得物は鎖鎌っ!
 第二戦に出場するのは、ダフネの城の戦士、プレートアーマーに身を固め、火炎刃の大刀を使いこなし、向かうところ敵なし、無敵の男リッケンベルク! 対するは、生まれも所在も明らかでなく、誰もその素顔を見たことがない、髑髏の仮面と黒いフードに包まれ、手にした死の大鎌を振り上げれば必ず相手をあの世に送る、謎の死神デッドマン! 以上四名の中から一名が準決勝へ進出!
 続いて第二組の顔ぶれ、第一戦、チャカタンの町からやって来た人夫、その腕力は牛を軽々と持ち上げる、片目を角で貫かれても、そのまま首をへし折ったという命知らず、扱う鉄棒の重さは優に大人一人分はある、片目の獣キュクロプス! 対するは、故郷も捨ててただひたすら好敵手を求めてさすらう一匹狼の武芸者、両手の大小二振りの刀は、これまでに数百人もの生き血を吸ってきた、二刀流の名手、双刀バーン!
 さて第二戦、エトヴィクの幽霊屋敷に住み、夜な夜な迷い込んで来た旅人のはらわたを抉り出し、その生き血を吸い尽くすというエトヴィクの吸血鬼ジュール! 手にするは呪いの三日月刀! 対するは、我がアルバの町の兵士の隊長、青銅の胸当て、青銅の兜、そして青銅の剣と、青銅尽くしの出で立ちは、正義の味方ハガイ! 以上四名の中から一名が準決勝へ進出!
 続いては第三組、まずは第一戦、モンジョヘの村で鉄槍を教える武芸者、かつて道場破りは全て返り討ちにしてきた、傷を受けても蘇る、不死身のリゲル! 対するは、当人いわく、出身地地獄、職業地獄の使者、人間どもを手にした鉄鞭で切り裂き、地獄の業火へと叩き込むために地獄から遣わされた、地獄の大王デビルキング!
 そして第二戦、バローチの町の力士、鉄の膚を持ち、武器も刃が立たない。鉄の拳は岩をも打ち砕く。手にした鉄槌が唸ると必ず死者が出る、地響きと共にやって来た、鋼鉄の男アイアンフィスト! 対するは、知る人ぞ知る五剣君の一人、剣鬼ドワロンの一番弟子にしてアルバの武芸者、手にしたるは、これぞ何の変哲もない長剣一振り、アルバの四剣ペレクルスト!」
 各人紹介の度に歓声と罵声が飛び交う。
「何だかどの宣伝文句も大袈裟すぎやしないか?」
 ファントムがぼやくと、
「いつもあの調子よ。自分で自分の紹介文句を前もって司会者に伝えるのよ」
 イレーヌが答えた。
「それじゃあ、ペレクルストは自分で自分が一番弟子だって言いやがったのか? 冗談じゃない、一番弟子は私だぞ」
 ダントンが苦い顔をして言った。
「自分の師匠を捕まえて、『知る人ぞ知る』とは何事だ」
 ドワロンも苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
「まあ、面白いじゃありませんか。『手にしたるはこれぞ何の変哲もない長剣一振り』――まるで手品師の口上だ、あっはっはっ。あいつにはユーモアのセンスがある」
 マリオネステが笑い出すと、ドワロンとダントンが彼を睨みつけた。
 周囲は賭でごった返している。各組ごとに勝者を選んで賭けるのだ。
「ねえ、三組のペレクルストに賭けましょうよ。きっと勝つわよ」
 イレーヌが言い出した。
「そう思うけど、俺は賭には興味ないなあ」
 ファントムは乗り気でない。
「そう。じゃあ私一人で賭けてくるわ。あとで残念がっても知らないから」
 そう言い残してイレーヌは賭屋の所へ飛んで行った。

 しばらくすると賭も終わり、賭屋たちがどこかへ集まって行く。やがて、先程の司会者が再び姿を現した。
「では、賭率の発表です」
 客席がしんとなる。
「第一組、ビーン四倍、ソビン二倍、リッケンベルク三倍、デッドマン二倍。次は第二組、キュクロプス二倍、バーン三倍、ジュール二倍、ハガイ四倍。そして第三組、リゲル三倍、デビルキング二倍、アイアンフィスト二倍、ペレクルスト十二倍。以上です」
 司会の男が倍率を読み上げると、また客席が騒然となった。
「やったわ! これで大儲けよ!」
 イレーヌが立ち上がってはしゃいだ。ファントムには興味がない。
「早く始まらないかなあ」
「しかし、ごろつきのソビンが二倍の人気で、ペレクルストが十二倍とは情けない」
 ドワロンはまた苦虫を噛み潰したような顔になった。
「仕方ないでしょ、宣伝文句がいけないんだから。まっ、始まればはっきりしますよ」
 マリオネステは師匠を慰めた。

 そうしていると、司会の男が再び始めた。
「では、いよいよ本戦の始まりです。まずは第一組の第一戦、タウの船乗り、竜巻ビーン対、アルバの無頼漢、悪党ソビン!」
 司会者の呼び出しが済むと同時にゲートが開き、二人が登場した。二人とも見るからに厳めしい顔つきだ。
 二人は間合いを取って向き合った。ソビンは左手に鎌を持ち、右手で鎖を振り回し始めた。その先端には、太い針のたくさんついた分銅が唸りを上げている。ビーンは三叉戈を両手で斜に構えた。ソビンの分銅が飛んだ。鎖が戈の三つ又の部分に絡みつく。
 ソビンはぐいぐい鎖を手繰り寄せ、鎌で相手の首を掻こうとした。ビーンもそうはさせまいと、戈を持って踏ん張る。と、不意にビーンが踏み込み、三叉戈を手放した。戈はソビンの顔にぐさりと突き立った。
「ギャッ!」
 ソビンは顔を押さえて仰向けに倒れ、砂を蹴散らしてもがいたが、すぐに動かなくなってしまった。観客がどっと沸く。
 続いて第一組の第二戦。無敵男リッケンベルクがプレートアーマーに全身を固め、火炎刃の大刀を引っ提げて出て来た。
「あっ、あいつは確か……」
 目庇を上げた兜の中の顔を見て、ファントムが思わず叫んだ。イレーヌも頷く。
「そうよ。昨日の朝、うちに来た偉そーな奴だわ。あれはうちで買った物よ」
 遅れてゲートから謎の死神デッドマンが登場した。黒いローブで身を覆い、顔には髑髏の面をつけている、いかにも不気味な奴だ。大鎌を片手につかんで引きずりながらやって来たが、リッケンベルクが観衆に向かって手を振っている隙に後ろに回り込んで来て、いきなり大鎌を振り上げると、無敵男の頭上に振り下ろした。ガチンと鉄と鉄とがぶつかり合う音がしたが、無敵男の兜が少しへこんだだけだった。
 リッケンベルクはふらっとなったが、そのまま体を回転させて、両手につかんだ大刀を振り回した。それを死神が大鎌の柄で受ける。だが火炎刃の勢いが強く、大鎌の柄が折れてしまった。しかしデッドマンは少しも怯まずに片手に残った鎌を無敵男の首筋に引っかけて、強引に引きずり倒そうとした。バランスを失った無敵男が前のめりになったところを、死神はすかさず足を掛けた。無敵男はガシャンという音と共にうつ伏せに倒れた。
 死神は無敵男の背中に乗って押さえつけ、頭全体を覆っている鋼鉄の兜に手を掛け、引き抜いた。鎧の重さに身動きが取れないでいる無敵男をそのままにして、奪った火炎刃を両手に持つと、大きく振り被り、無敵男の首に向けて打ち下ろした。ガッという鈍い音と共に、無敵男の胴と首は切り離されていた。
 客席は一瞬しんとなった。死神は無敵男の髪をつかみ、首を客席に向けて掲げると、薄気味悪い声で言った。
「これで無敵男も無敵ではなくなった」
 これを聞いて、観客席のあちこちから罵声が飛び交った。
「卑怯ものー」
「ワーッハッハッハッ」
 死神は罵られると余計に嬉しいようで、リッケンベルクの火炎刃を奪ったまま、高笑いを上げながらゲートの奥へと消えて行った。

 闘技場にはしばらく不穏な空気が漂った。死神に賭けて喜んでいる者に、無敵男に賭けて損した者が食ってかかる。あちこちでいざこざが起こった。そんなことには少しも関係がないかのように、司会の男が次の対戦を紹介する。第二組の試合が始まった。第一戦は、チャカタンの片目の獣キュクロプス対、放浪の武芸者双刀バーンだ。
 キュクロプスは大鉄棒を両手に持ってぶんぶん振り回す。バーンの方は鞘から抜いた大小の二刀を両手に構えたが、まともにキュクロプスの大鉄棒を受けては刀も一溜りもないと見て取り、しばらく身を交わし続けた。キュクロプスは猛烈に打ちかかる。と、バーンの足が地を蹴った。砂が空中に尾を曳いたかと思うと、バーンの体は自分の背丈の二倍近くもある大男の頭上を越えていた。
 背後に降り立つ刹那、バーンは空中で振り返り、キュクロプスの背に右手の長刀で一太刀食らわせた。大男が呆気に取られている間に、更に間髪入れず、左手の小刀で腰の所をブスリとやる。鮮血が飛び散った。だがキュクロプスは怯まない。振り向きざま、鉄棒を地面に振り下ろした。バーンはまた身を交わした。キュクロプスは自分の鉄棒がまるで当たらないので、なおさら苛立って大振りになってきた。その隙を衝いてバーンは腹に一撃、二撃と両刀で打撃を与えた。
 キュクロプスが吼えた。だがまだ倒れない。自分の鉄棒を放り投げ、素手でバーンにつかみかかろうとした。バーンは砂地をすり足で、キュクロプスの潰れている目の側へ回ろうとする。キュクロプスが頭から突進した。その瞬間にバーンの短刀がキュクロプスの開いている方の目を貫いていた。キュクロプスは盲滅法に荒れ狂った。バーンが十数太刀浴びせたところでようやく地面に倒れ、息絶えた。周りは血の海だ。壮絶な闘いに観衆の興奮はいつまでも冷めやらない。
 続いては、第二組の第二戦だ。エトヴィクの吸血鬼ジュールが黒いマントを引っ掛け、三日月刀をぶら下げて現れた。内側には鎖帷子を着込んでいる。続いてアルバの町の兵士の隊長、自称正義の味方ハガイが、青銅尽くめのいでたちで姿を現した。声援と罵声が一際高まった。地元とはいえ、どうやらこの町の民衆には、自分の町の兵士を嫌っている者も多いようだ。
 試合が始まる。ハガイが青銅の剣を肩の所で真っ直ぐに立てて構えた。ジュールはこれに対して三日月刀の切っ先を下に向け、砂の中に入れた。しばらく睨み合いが続く。吸血鬼ジュールは全く動かない。ハガイは焦れてきて、打ちかかろうと剣を後ろに引いた。次の瞬間、吸血鬼の三日月刀の切っ先が砂を飛ばした。ハガイは青銅の兜に顔全体を覆われていたが、両目の所だけ穴が空いていた。その穴に砂が飛び込んだようだ。
「うっ!」
 正義の味方はのけ反った。次には吸血鬼に防具をつけていない片脚を斬られた。そのままひっくり返ると、吸血鬼は剣を持った方の腕を切り落とした。次にハガイに覆い被さると、兜を剥いで喉首にかぶりつき、血をチューチュー吸い始めた。もがいていた兵士の顔がみるみる青ざめていった。
「本当に吸血鬼だ!」
 観衆は呆気に取られて見ているだけだった。

 ハガイの死体が運び出されると、第三組第一戦のモンジョヘの武芸者、不死身のリゲルが早くも出て来た。格闘場の中央まで進み出ると、手にした鉄槍を振るって型を示し、観衆にアピールする。またもや歓声と罵声が飛び交った。しばらくして自称地獄からの使者、地獄の大王デビルキングがゲートから姿を現すと、観客誰もがおおっ、と声を上げた。
 予選では見せなかったが、あまりにも異様ないでたちだ。頭の上に身長ほどもある黒い羽根飾りを載せ、金糸で縫い取った黒い装束の裾を引きずっている。爪が異様に長く、黒く塗ってある。黒と金に塗られた仮面をつけていて、片手には二本の鉄鞭を握っていた。
「あれで闘うつもりかよ。お城の道化師じゃあるまいし」
 観衆の中の一人が大声で野次ると、みんながどっと笑った。リゲルも呆気に取られていたが、正気に戻ると、さあ勝負と槍を振り、得意の型を見せた。
 しかしデビルキングの方は右手の掌をリゲルの方に向けただけ。それだけでリゲルは金縛りに遭ったように急に動かなくなってしまった。デビルキングはそのままの姿勢でゆっくり左手の鞭を振り上げ、離れた所からリゲルを打った。鉄鞭がシュッと唸ったかと思うと、見事にリゲルの首筋に命中し、切り口から血が噴き出した。不死身の男はそのままの状態で死んでいた。
 しばらく呆然としていた観衆が、おおっ、と驚きの声を上げた。
「あれは魔法か?」
 ファントムが唸った。
「なあに、目眩ましの幻術だ」
 ドワロンがぽつっと言った。
「でも次にペレクルストがあいつとぶつかったら、危なくはありませんか?」
 ファントムが心配そうに訊くと、ドワロンも他の四剣たちもただ笑っているだけだ。
 さて、観衆はまだぼーっとなっていたが、次の出場者が登場して来た。バローチの力士、鋼鉄の男アイアンフィストが、大鉄槌を肩に担いで現れた。すぐあとにペレクルストが続いて来る。アイアンフィストは上半身裸で、胸に大きな石を抱いている。
 その石を軽々と放り投げた。石が落ちて闘技場の砂が飛び散った。アイアンフィストは鉄槌を放り出し、拳を固めて石を殴りつけた。ガツンと音がして、石が砕けた。観衆が驚きの声を上げる。鋼鉄男は鉄槌を拾い上げると、ペレクルストを睨み据えた。ペレクルストは動じない。ゆっくりと腰の剣を抜いた。
 アイアンフィストが大鉄槌を振り上げ、ペレクルストを狙って打ち下ろす。ペレクルストはサッと身を交わした。ザッと砂が飛んで、槌の先端部が砂の中にめり込んだ。それをペレクルストが剣で押さえつけた。アイアンフィストは槌を引き抜こうとしたが、どうしても抜けない。アイアンフィストは槌を諦め、素手でペレクルストに殴りかかった。だがペレクルストの動きが素早くて、ちっとも当たらない。ペレクルストが剣の腹で鋼鉄男の体を打つ。ガチンッ、とまるで金属を叩いたような音がした。
「あいつ、どんな皮膚をしてるんだ?」
 見ていたファントムが唸った。今度はペレクルストが剣の腹で鋼鉄男の顔をしたたかに引っぱたいた。またガチンと音がしたが、今度こそアイアンフィストはふらついた。続けざまに横っ面を張る。鋼鉄男の上体が傾いた。ペレクルストはすかさず剣の柄で後頭部を一撃した。鋼鉄男は伸びてしまった。

 鋼鉄男が運び出されると、地ならしのためしばらく休憩となった。それが済むと、いよいよ準決勝進出者を決める二回戦となる。客席は誰が勝つかで大騒ぎだ。時々喧嘩も始まる。闘技場内に入れない者は場外で賭をしているようだ。外からもざわめきが聞こえて来る。
「あのバーンという奴はなかなかやりおるわ。ペレクルストの好敵手だろう」
 ドワロンが感心したように言った。
「でも、もしペレクルストが殺されたらどうするんです?」
 ファントムが心配そうに尋ねると、
「そんなことにはならない」
 ドワロンはきっぱりと言った。
「いやに自信がありますねえ」
「一通り見たからわかるよ。まともにペレクルストと勝負できるのはバーンぐらいだ。その他はただの暴れ者に過ぎないな」
 ソルダートが自身ありげに言った。
「でも、そうかなあ。あの死神とか地獄の大王とか、勝負の前にどんな手を使ってくるかわからないし」
 ファントムは、ドワロンや四剣が楽観的すぎはしないかと思った。
「油断してられないんじゃないですか?」
「もちろんペレクルストは真剣だ、相手がどんなに弱くてもな。他の奴らは隙だらけなのだ、どんな手を使おうとな。必ず隙はあるものだ。そうは言っても、わしらは観客だ。楽しまんと損だ」
「うーん、じゃあ、バーンとペレクルストが対戦することになればどうなります。楽観ばかりしてられないでしょう?」
 ファントムはペレクルストのことが本当に心配でならなかった。
「恐らくバーンとペレクルストの勝負があるだろう。剣法とまともに呼べるのはあの二人だけだからな。ただ、バーンの宣伝文句も単なるこけおどしでもなかったようだが、あの二人ならやはりペレクルストの方が上だな」
「でも、ペレクルストだけは今までずっと、相手を殺さないように剣の腹で打っていましたよ。バーン相手でもそれで勝てますか? 手加減しながらで?」
 ファントムが何と言おうと、ドワロンは相変わらず笑みを浮かべている。他の四剣たちも心配しているようなところが全くない。
「あいつがどうするかはわからん。それはこれからのお楽しみというものだろう。だがな、ファントム、これだけは覚えておくのだ――剣を過信してはならない。剣に躍らされてはならない。剣士なればなおのことだ。
 昨日も言ったが、剣士だから必ず剣で、剣法通りに闘わなければならないわけではないぞ。剣は一つの手段。それに熟練することは、自分の得意技を一つ持つということに過ぎん。本当に強い者は、ガブリエルの話でも言ったが、何だって闘えるのだ。
 これから先、見ていればわかるかもしれんが、ペレクルストは臨機応変にやるだろう。今までの相手は剣の腹と柄だけで充分だったから、それで間に合わせたまでだ。つまりあいつは面白味に欠けておるというわけだ。楽な勝ち方であっさりと勝負を終わらせてしまう。観衆のことなど何も考えてはおらぬ。せっかく競技会に出たんだから、もっと客を楽しませんといかんな」
「それに、派手にやってくれないと、うちの道場の宣伝にもなりませんからねえ」
 隣にいるマリオネステがあらぬ方を見ながら呟いた。
「誰が道場の宣伝のためにあいつを出場させたと申した? 誤解するでないっ!」
 ドワロンは怒り出した。
「あは、冗談ですよ、じょーだん」
 マリオネステは慌てた。ファントムは、この師弟が稽古の時とは全く違うなあ、と少しびっくりしたが、この師弟関係はいいもんだとも思った。

 そうこうするうちに司会者がまた現れ、各組の代表決定戦の始まりを告げた。まず第一組の竜巻ビーンが出て来た。得物の三叉戈を構えたまま、ゲートから目を離さない。リッケンベルクが死神に不意を衝かれたことを知っているからだ。謎の死神デッドマンが遅れてゲートから姿を現す。ビーンは死神から目を離さない。
 死神は無敵男から奪った戦利品の火炎刃の大刀を片手に引きずりながら近づいて来る。ビーンは三叉戈を両手にしたまま、ゆっくりと頭上に持ち上げた。死神は構えようとしない。相変わらず片手でだらしなく火炎刃を曳いている。もう一方の手はローブの中に入れていて、外には出さない。
「また何かやる気だ」
 ファントムが客席で呟いた。
 二人の距離が近くなると、ビーンが得物を前方に突き出した。死神はまだ構えずにビーンに近づいて行く。ビーンの方は警戒してまだ手を出さない。と、死神が懐にしていた手がパッと出て、白い煙が立った。ビーンが片手で顔を押さえた。目潰しだ。死神はすかさず火炎刃を力任せに薙いだ。ビーンの胴が着ていた革鎧ごと切れていた。
 どさっと砂の上に倒れる。呆気ない幕切れだった。死神はビーンの死体の手から三叉戈を奪い取り、ゲートの中へと消えて行く。死神に賭けた観客は大喜びした。
「いんちきだー」
「今度こそ許さん!」
 ビーンに賭けた者が騒ぎ出す。またもやいさかいが始まった。
 ビーンの死体が運び出されると、司会者がそそくさとやって来て、第二組を呼び出した。吸血鬼ジュールが姿を現す。続いて双刀バーンが出て来る。ジュールはまた三日月刀の切っ先を砂の中に潜らせた。バーンの方は両刀を交叉させた。と、次の瞬間には空中に飛んでいた。吸血鬼が砂をすくい上げたが、バーンの方が早かった。
 そのまま交叉させた両刀を持ってジュールに激突する。ジュールは慌てて三日月刀で受けた。バーンは長刀で吸血鬼の三日月刀を受けたまま、サッと短刀の方を外し、すかさず吸血鬼の腹部を突き上げた。血が滴り落ちる。更に短刀を引き抜き、首を刎ねた。吸血鬼の首が血を噴きながら転がった。血が砂地に吸われていく。ドーッと歓声が湧いた。
 続いて第三組。これで準決勝進出者が出揃う。ペレクルストが早くも姿を見せた。地獄の大王デビルキングはまたもやゆっくりと出て来る。魔法のことを思い出し、観客たちはしんとなった。離れて向き合うと、地獄の大王は前回の不死身のリゲルの時と同じように、右手を相手の方に向けてかざした。
 すると観衆が一斉におおっ、と驚きの声を上げた。ペレクルストが相手にくるりと背を向けたからだ。デビルキングも慌てた。左手の鉄鞭を振り回す。ペレクルストは後ろ向きのまま交わした。デビルキングは右手にも鉄鞭を持ち、二本の鞭を両方の手で振り回した。今度はペレクルストは相手に正面を向けた。
 デビルキングはまたもや慌て、右手をペレクルストの方に向けた。その隙にペレクルストは突進して、剣の腹でデビルキングの横っ面をぶった。黒と金で彩った仮面がすっ飛び、デビルキングは血を吐いて倒れていた。その素顔は普通の人間だった。観衆は大喝采だ。観客席にいたオクスが立ち上がった。

 再び賭屋たちが忙しく立ち回る。代表決定戦の払い戻しに追われている。イレーヌも飛んで行った。
「見てよ。銀貨八枚が、金貨九枚とエレクトラム貨一枚と銀貨一枚になったわよ。だから言ったでしょ、あなたもペレクルストに賭けとけば良かったのよ」
 戻って来たイレーヌが自慢げにファントムに言った。
「俺はいいよ、賭なんか」
「まっ、あなたって本当に欲のない人ね。今度は優勝者に賭けるのよ。どうする?」
「やらないって言ってるだろ。きみ今度は誰に賭けるんだ?」
「うーん、今度は難しいわ。ペレクルストも強いけど、やっぱりオクスかしら。三年連続のチャンピオンだし……」
 イレーヌは儲けた金を掌の上で弄びながら、どちらに賭けようか考えている。
「オクスに賭けるんだったら、やめといた方がいいと思うな。ペレクルストが勝つよ、たぶん。だいたいオクスに賭けても、人気が高くてあまり儲からないだろ」
「そこなのよ。ペレクルストに賭けとけば、大儲けするかもしれないけど……」
「もういいから、きみの好きなようにしろよ。俺は賭には興味ないんだ」
「じゃあ、両方に賭けてくるわ。それだと損しないでしょ」
 イレーヌはまた賭屋の所へ飛んで行った。
 やがて賭屋たちが引き揚げる。少しすると司会者が出て来た。
「皆さん、いよいよお待ちかねの準決勝の始まりです。では、早速組み合わせを発表します。第一戦、謎の死神デッドマン対、三年連続アルバの競技会の覇者、その勇猛さに勝る者はなし、大斧を手にして立ちはだかる姿を見れば、まさに鬼神も泣き叫ぶ、アルバの生んだ英雄、その名を知らぬ者なし、防衛者、怪力オクス!」
 観衆は総立ちとなり、闘技場は割れんばかりの大歓声だ。
「続く第二戦は、無法者、双刀バーン対、アルバの四剣ペレクルスト!」
 また観衆が沸いた。
「それでは、優勝者掛け率の発表!」
 今度もどっと沸いたが、すぐに静かになった。みんな聞き耳を立てている。
「デッドマン七倍、オクス一・二倍、バーン五倍、ペレクルスト四倍」
 客席から落胆の溜息が漏れた。倍率はみんな切り捨てだが、オクスは人気が高すぎて、切り捨てると一倍で賭にならない。かと言って切り上げて二倍にすると、オクスが勝った時、賭屋が赤字になってしまう。そこでオクスの倍率だけ小数点以下の端数が出た。
「これじゃあ大して儲からねえや」
 客席のあちこちでそんな声がする。
「オクスの人気って、凄いんだなあ」
 ファントムは感心した。オクスの闘いぶりがどんなものか、急に楽しみになってきた。
「年々、人気は上がる一方よ。これじゃあ、オクスが勝ってもあまり儲からないわ。私、オクスに金貨五枚も賭けたのよ。勝っても金貨一枚増えるだけだわ。でもペレクルストに金貨三枚賭けたから、ひょっとしてペレクルストが勝てば、四倍でしょ、だから金貨十二枚。結局、四枚分の儲けよ。でもオクスが勝てば、私は金貨二枚損するってことよね」
 イレーヌはくどくどと説明した。
「きみは本当に賭の天才だよ」
 ファントムはイレーヌをおだてた。

 その時、客席のざわめきが大歓声へと変わった。オクスがゲートから姿を現したのだ。
「オクスーっ!」
 オクスは観衆の呼びかけには一切応えない。ただ大斧を片手に格闘場の中央に立った。続いて死神が黒いローブに包まれて姿を見せた。今度はビーンから奪った三叉戈を手にしている。左手は例によって懐にしまっている。観客席から罵声が上がった。
「また何か卑怯な手を使う気だ!」
 ファントムは思わず叫んだ。
「左手に気をつけろーっ!」
 ファントムはオクスのことが心配になった。もしオクスが殺られたらと考えると、大事な友を失くしてしまうようで、やりきれない気持ちになった。
「あら何よ、あなたは本当はオクスびいきだったの?」
 イレーヌがファントムに言ったが、ファントムには聞こえない。
「絶対に負けるなっ!」
 ファントムは知らないうちに立ち上がって叫んでいた。
 オクスは大斧を両手に握った。死神は片手に三叉戈を垂らしたまま、相変わらずもう一方の手を懐に入れている。オクスは距離を詰めない。死神の片手が動いた。パッと白い煙が立ち昇る。オクスは目潰しを交わすと、即座に踏み込んだ。とその時、死神の口がカッと開き、炎が噴き出した。観衆がおー、と声を上げた。だがオクスはもう交わしもしないで、そのまま大斧を猛烈な勢いで打ち下ろしていた。死神が真っ二つに裂けた。
「気合勝ちだな」
 ドワロンがぽつりと言った。だがオクスはと見ると、大斧を放り出し、両手で自分の顔を押さえて砂の上を転げ回っている。
「ああ……」
 ファントムは心配そうにオクスを見ていた。
「大丈夫か……」
 と観客たちも騒然となった。
 だがしばらく転げ回ったあと、オクスは立ち上がって大斧を拾い上げると、何事もなかったかのようにけろりとして、ゲートへ退場して行った。観衆は大喜びだ。「オクス、オクス」の連呼が始まった。
「良かった」
 ファントムもほっと胸を撫で下ろした。
 死神の死体が片づけられると、バーンとペレクルストが揃って登場した。客席は沸きに沸く。本格派の剣士同士の対戦だ。バーンは両手を交叉させ、両刀を腰の鞘から抜いて構えた。ペレクルストもゆっくりと長剣を引き抜く。両者しばらく睨み合ったまま動かない。
 ペレクルストは思った。
(この構えには隙がない。ただの賞金稼ぎかと思っていたのは間違いだ。なかなかの使い手だ。何とかして体勢を崩さなくては ……)
 バーンの方も自分からは打ち込めずにいる。打ち込んだあとの返し技を恐れてだ。観客席からはしだいに不満の声が上がりだした。それでも二人は打ち込もうとはしない。
 やがて、ペレクルストがバーンの右側に回り込もうとした。バーンの左手の短刀を無力化するためだ。バーンは簡単には誘いに乗って来ず、体を常にペレクルストの正面に向けて対応するだけだった。だがそのうちに、バーンはハッと気づいた。ペレクルストは低くなった太陽を背負う位置に移動しているのだ。それに気づいたバーンはササッと横に移動した。その途端、ペレクルストが物凄い速さで長剣を打ち込んだ。
 バーンは右手の長剣でそれを受けた。火花が散った。次の瞬間、得意の左手の短刀がペレクルストの腹を突いた。と誰もが思ったが、ペレクルストの正面が見える観客たちは、次にはおおっ、と感嘆の声を上げた。ペレクルストは右手で短刀の刃をつかんでいた。正確に言うと、握ってはいなく、指三本で刀身を挟んでいた。
 バーンは慌てた。短刀を引き抜こうと焦るが、抜けない。ペレクルストの指に力が入っていくのがわかる。刃が音を立てた。短刀が真っ二つに折れていた。バーンは驚いたが、すぐさま短刀をかなぐり捨て、両手で長刀を握り直した。だが次には観衆がどよめいた。ペレクルストが長剣を捨てて、素手になったのだ。
 バーンの方は呆気に取られ、長刀を構えたまま動きが取れないでいる。しかし次にはまたもや観衆の予期せぬことが起こった。バーンが長刀を捨て、ペレクルストの前に片手を着いて跪いたのだ。観客席には驚きのどよめきが起こった。ペレクルストはゆっくりとバーンの手を取って立ち上がらせた。驚きにざわついていた観客席が大歓声へと変わった。
「二人ともどうしたっていうんですか?」
 ファントムには訳がわからず、ドワロンに訊いてみた。
「ん、最後は気の勝負だった」
「気の勝負?」
「そうだ。あの二人だからそれで勝負がついたのだ。あっぱれだ」
 ドワロンはしたり顔だが、ファントムにはやはり理解できない。
「まっ、いいか。人が死なずに済んだから」
「そういうことだ。死なずに勝負がついたことこそ、誉められるべきなのだ。あのような腕を持つ者がこんな所で死んでしまうのは、犬死にというものだろう」
「じゃあ、バーンは臆病者だったんですか? 死ぬのが恐くなって……」
 ドワロンは大きくかぶりを振った。
「違う。自分がペレクルストに劣っているのがわかったのだ。ペレクルストの方もバーンにはそれがわかると思い、剣を捨てた。余計な打ち合いを避けた。その時にはもう勝負がついていた」
「ふうーん」
 でもやはり、わかったようなわからないような気分だ。

 いよいよアルバのチャンピオンを決める時がやって来た。既に観衆は興奮していて、司会者の言うことなど全く聴いていない。大歓声の渦の中、司会者が早々に引っ込む。地元同士の決戦となり、観衆は大喜びだ。ペレクルストの人気が急上昇し、声援は半々に分かれている。両者が登場すると、観衆は総立ちとなって大声援を送った。
 試合が始まった。オクスは大斧を振る。ペレクルストは剣で受けずに交わした。次は頭上に振り被って打ち下ろす。ペレクルストは体を交わし、剣の腹で横殴りを食らわした。だがオクスは斧の柄で素早く弾き返すと、今度は大振りをやめ、小さい振りで連続して打ちかかった。大斧を使っての目にも止まらぬ早業だ。常人の腕力では到底不可能だ。だがペレクルストはそれも難なく交わした。かすりもしない。観衆は騒然となった。オクスの方も疲れを見せない。底なしの持久力だ。
 だが所詮、ペレクルストに遊ばれているようなものだった。頃合いを見てペレクルストが飛んだ。オクスは自分の攻撃に夢中で、一瞬相手を見失った。ペレクルストはオクスの背後に降りていた。サッと剣を一閃させる。誰もがオクスの首が飛んだと思った。だがペレクルストの剣はオクスの首筋の所でピタリと止まっていた。オクスは自分の目の前に出ている剣先を見て、途端に大斧を放り出した。
「参った。あんたにゃ敵わねえ」
 そう言うと、さっさと退場してしまった。観衆は呆気に取られている。三年連続の無敵の覇者が、あまりにも簡単に負けてしまったからだ。
 ペレクルストが新しいアルバの覇者となり、賞金の金貨千枚と勇者の楯を手にした。だがペレクルストは何を思ったか、金貨を全部観客席にばらまいてしまった。観衆は金貨の奪い合いで大騒ぎとなった。勇者の楯も結局置き去りにして退場した。
「なんてもったいないことを……」
 イレーヌがさも惜しそうに言った。
「良いのだ。賞金稼ぎではないのだからな」
 ドワロンはしたり顔でそう言うと立ち上がった。

 道場に戻ると、すぐに大勢が押しかけて来た。みんなドワロンに入門させろと言う。見ると、五十人は下らない数だ。
「やれやれ、ペレクルストのお蔭で道場はいきなり商売繁盛か」
 マリオネステが入門者たちを見て、呆れて言った。外には既に夕闇が迫っている。





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