10. 再  会



 一歩々々歩みを進める度に、凍てついた大地が硬い音を立てた。やがて良平は足を止めた。制止させられたからだ。銃を手にした国連兵たちが寄って来た。装甲車が停まっているのも見える。どうやら検問所のようだ。すぐに役人らしき日本人が近づいて来た。
「流民か?」
 役人は値踏みするように良平の体をじろじろと眺め回した。良平は何も言わずに軽く頷いてみせただけだった。
「ここに来た目的は?」
 役人は面倒臭そうに決まり文句を唱えた。
「食うため」
 彼は素っ気なく答えた。
「ここに必要事項を書け」
 役人は紙束とペンを突き出した。名前の欄には偽名を書き、年齢その他の欄は適当に埋めると、すぐに紙束を役人に突き返した。兵士がボディーチェックをしている間、役人はまた良平の体を眺め回していた。その場で写真撮影を終えると、
「いいだろう。行け」
 役人は行先の方角に向かって顎をしゃくってみせたあと、さっさと詰所の中へと入って行ってしまった。国連兵たちはそれを見て道を空けた。ジョージ政府のテリトリーから出ることは難しいが、入ることはいともた易い。普通に歩いていればすんなり通してくれる。重労働に耐え得る肉体だと判断された場合は、むしろ歓迎される。良平はまた硬い靴音を立てながら歩き出した。

 夕暮れ時になると、戦闘の跡に出くわした。辺りからまだ煙が立ち昇っているところを見ると、つい最近のもののようだ。死体が散乱していたが、軍服を着ている者はわずかで、あとは普通の身なりをしていた。元田は赤坂が反政府組織のスパイだったと言っていたが、ここに無惨な姿で転がっている死体の数々は、赤坂が属しているその反政府組織の者たちなのかもしれない。
 もうここは良平の見慣れた景色だった。ただ正面には、周囲の廃墟群とは全く釣り合いの取れていない、要塞と呼ぶに相応しい真新しい巨大な建物が、灰色の濁った空に向かって聳え立っていた。良平には次々と旧い記憶が甦ってきた。
(一年前には俺はあれを建てていた。今度は破壊する番か)
 彼がジョージの居城へと向かって真っ直ぐ進んで行くと、武装した兵士たちに早速進路を妨げられた。この兵士たちは国連治安維持部隊ではなかった。物々しいなりはしているものの全員日本人で、言わば東京中央政府軍、つまりはジョージの私設軍、いや、もっと正確には元田と真鍋の私兵たちと呼ぶべきだろう。
「貴様、どこへ行くつもりだ?」
 兵士たちは良平の体に自動小銃の銃口を突きつけてきた。
「中にいる奴に用がある」
 良平は素っ気なく答えた。
「誰に何の用だ? 貴様は誰だ? ここがどこだかわかってるのか?」
 彼に詰問してきた兵士がたたみかけてきたが、良平はズボンのポケットから丸めた紙屑を無造作に取り出すと、それを両手で開いてその兵士の顔に突きつけてみせた。
「おまえら下っ端には言ってもわかるまい。俺は秘密工作員だ。これを持って行って上の者に見せて来い」
 兵士は良平が差し出した契約書を見ながらしばらく怪しんではいたものの、
「そのままそこで待ってろ」
 他の兵士たちと良平を残したまま、向こうに聳え立っている要塞の中へと入って行った。
 かなり待たされてから、ようやく先程の兵士が戻って来た。もうとっくに日は暮れていたが、周囲はたくさんのライトに明るく照らし出され、所々にある要塞の窓には光が映えていた。兵士は黙ったまま両手に持った小銃の先を入口の方へ向け、行けと合図した。
 入口にはまた別の兵士たちがいて、銃を手にしたまま良平の前後左右につき、彼を誘導して行った。それからエレベーターに乗せられ、最上階らしい二十四階で降ろされた。兵士たちはそのまま良平を残してエレベーターで下って行ってしまった。しかしそこで待っていた人間を見て、良平は思わず声を呑んで立ち尽くした。
「り……さ……!」
「そうよ、私は理沙」
 生前と少しも変わらぬ理沙が彼に向かって微笑みかけていた。ただ違っているのは、紺色のスーツを身に着け、足にも艶のあるハイヒールを履いていることだった。
「逢いたかったわ、良平」
 そう言うと、理沙は身を翻して、廊下の奥へと先に立って軽やかな足取りで進んで行った。かつてのように片足を引きずりながら歩くことはなかった。理沙のすぐ後ろについて歩きながらも、一体何を言っていいのか、良平には言葉が出て来なかった。
「そこに立って」
 やがて奥にあるドアの前まで来ると、理沙は良平に指示した。彼は言われるがままにそこに立った。
「カクニンシマシタ。ヨウコソ、トキナカリョウヘイサマ」
 天井のスピーカーから合成音が流れた。続いて理沙が同じ場所に立った。
「カクニンシマシタ。ヨウコソ、リササマ」
 また合成音が流れると、前にある金属製のドアが開いた。
「おまえはここで何をしてるんだ?」
 恋人との再会の第一声にしては、あまりにもぶっきらぼうな言葉だった。言ってしまってから、良平は少し気まずい思いになった。しかし理沙はそれには答えず、入れと黙って掌を部屋の中に向けてみせただけだった。彼もそれ以上何も言わずに中へと入って行った。
「やはり戻って来たか。そろそろ来る頃だろうと思っていた」
 部屋の奥には何かの装置のようなものがあり、その向こうに座っている初老の男が唐突に言った。
「真鍋博士か」
「きみの命の恩人だよ、私は。そしてきみのスポンサーでもある」
 真鍋は椅子の肘掛けに頬杖をついたまま喋っていた。良平はそれを見て、不用心な奴だと内心苦笑した。
「国連兵に銃撃させといて、命の恩人はないだろ」
「放っておいてもきみは死刑だった。女子収監院に不法侵入し、役人を何人も殺害し、その女を誘拐し、国外逃亡を企てた。どの国の法律でも第一級の重罪犯だ」
「あんたのために作られた法律なんて知らんな」
 良平はそっぽを向きながら言うと、それとなく部屋の内部の様子を探った。
「法は法だ。だが安心したまえ、きみには法など適用されない。きみは特別な存在なのだ」
「あんたの秘密兵器ってわけか」
 良平はまた真鍋の方を向いた。
「はっはっは。この私が手を施さねば、きみはあの時確実に死んでいた。それにきみははっきりと自分の意志で我々と契約を交わした。つまりきみには私の命令を聞く義務がある」
「そういうのはもうつくづく嫌になったんだ」
「それでここへ何しに来たのだ?」
「約束を守ってもらいに来た」
「約束?」
「理沙を返してもらう」
「そんなことはまず自分が約束を守ってから言え」
「元田は死んだ」
「そんなことは知っている。だがそれはおまえの契約には何の関係もない。サタンはまだ生きている。望月博士も取り逃がしたばかりか、ガイアの手に陥ちた」
「ガイア?」
「この東京の治安を乱そうとするゲリラどもだ」
「望月はあんたのためにウイルス兵器を作る気はないそうだ。自分で行先を選んだだけのことだろ。サタンもそうだ」
「きみは契約を破棄すると言うのか?」
「そんなもんは知らんね。汚い手を使った奴との契約なんか守る筋合いはない」
「ほう、きみにはがっかりしたよ。所詮はサタンと同レベルか」
 良平はふっと笑ってみせた。
「いいか、その女を返して欲しいなら、サタンを殺せ。望月を連れて来い。条件はその二つだ。それまでは二度とここに姿を現すな」
 真鍋は押しかぶせるように言ったが、
「あんたの言いなりにはならん」
 そう言うと、良平は理沙の手を取り、部屋から出て行こうとした。しかし理沙は躊躇った。
「どうした、理沙?」
 良平が不思議そうに理沙の顔を見ると、理沙は顔を逸らすかのように真鍋の方を向いた。真鍋はただ黙って笑っているだけだった。
「理沙、どうしたんだ?」
「行きたくないそうだ、きみとは」
 真鍋は泰然として言ったが、
「そんな奴のことは気にするな」
 良平はまた理沙の手を引っ張った。
「待って、良平、このままじゃ済まないわ。力ずくで私を連れ出したりなんかしたら――」
「力ずくでおまえを連れ出してやる」
 それを聞いて真鍋が笑い声を上げた。
「ははは、きみのような野蛮人はそう来るだろうと最初から思っていた」
「俺のことを、あんたに捕まった時のただの人間だとは思わない方がいいぞ」
 良平はそう言ってまた出口へ向かおうとしたが、彼が辿り着くより早く、分厚い金属製のドアがサッと開いた。そこには全身金属剥き出しの人間型ロボットが立っていた。
「ただの人間でなくなったというきみの実力の程を見せてもらおうじゃないか。きみが望月博士の人造ミュータントとなったことは既に知っている。さあ、力ずくで女を奪ってみたまえ、時仲クン」
 そう言いながら、真鍋はニヤッと頬に薄笑いを浮かべてみせた。
「俺もどうせこう来るだろうと最初から思ってたぜ」
 良平は理沙の手を放すと、そのロボットの前に行った。ロボットもそれに合わせるかのように部屋の中に入って来ると、良平の正面に立った。
「こいつはあんたの傑作の一つってわけか」
「ふっふっふっ、そいつはSNR社から買い入れた単なる戦闘マシンだ。私はロボットのようなセンスのないものは造らん。裏切り者を始末するのに、自らの手を汚す必要もあるまい」
「大した自信だな、真鍋博士」
「はっはっはっ、自信過剰になっているのはどちらか、今にわかるだろう」
 真鍋がそう言うや否や、良平はロボットを破壊しようと前に踏み出していた。ところがどうしたことか、良平の体がふらついた。よろよろとよろめいたかと思うと、床に片手を着いていた。いや、着き損なって肩から床に崩れ落ちていた。
(一体どうしたというんだ、これは……)
 突然頭が割れそうに痛くなり、目の前がぼやけた。ロボットの足が上がったかと思うと、次に良平は仰向けになって床に叩きつけられた。近づいて来るロボットの足音が頭にガンガン響いた。
「ふっふっふっ、口ほどにもない。私は望月を買いかぶり過ぎていたようだ」
 良平は思うように動かなくなった首を懸命に真鍋の方へと向けようとした。真鍋がすぐそばに立っているのがわかった。
「ふふふ、私を侮り過ぎたようだな、時仲クン」
 そう言うと、真鍋は手にした何かリモコンのような物のスイッチを押した。
「あああああああああああああ!」
 途端に良平はのけ反り、頭を両手で抱えてのたうち回った。
「サタンの轍は二度と踏まん。きみが裏切った時のことなど想定してある。あっはっはっ、どんな超人に変身したのか知らんが、他愛もない。望月の才能など知れたものだ。ほんのわずかな電流が脳に流れただけでこのざまだ。はっはっはっ」
 真鍋は笑い声を上げると、またリモコンのスイッチを押した。良平はまたわめき声を上げて床の上をのたうち回った。
「始末しろ」
 真鍋がロボットに言った。ロボットは無機的に良平をつかむと壁に叩きつけた。また拾い上げると床に叩きつけた。あっと言う間に良平は血塗れになったが、何をしようとしても体が言うことを聞かない。何か策を考えようとしても、考えを巡らすことすらままならなかった。
「全く歯ごたえのない奴だ。もう少しやるかと期待していたのだが、ふん」
 真鍋はリモコンのスイッチを押しながら、靴の踵で良平の顔面を蹴った。良平は真鍋の蹴りでさえ耐えることができず、また床に転がった。
「つまらん。こんな奴はさっさと捨てて来い」
 真鍋が命じると、ロボットは良平の両脇をすくい上げ、窓に向かって一気に放り投げた。ガシャンと窓ガラスが割れ、良平の体が二十四階の部屋から飛び出した。
「おいおい、窓を壊す奴があるか。全くロボットとは融通が利かんものだ」
 そう言うと、真鍋は手にしていたリモコンを机の上に置き、壊れた窓辺に歩み寄った。良平の死体を我が目で確かめようと、割れた窓から軽く身を乗り出した時、真下からスーッと腕が伸び、真鍋のネクタイをつかんでいた。
「何をする! 待てぇー!」
 真鍋の声が闇に溶けていった。良平は窓枠につかまったまま、ゆっくりと真下を見下ろした。真鍋の体は十階辺りの突き出た屋根の上に横たわっていて、漏れ出た光に照らされていたが、もうピクリとも動かなかった。
「油断するなよ」
 良平は下に向かってぽつりと言った。それから窓枠に這い上がろうとすると、今度は理沙の姿が現れた。
「理沙」
「良平」
 良平が名を呼ぶと、理沙は同じように彼の名を呼んだ。良平はそのまま部屋の中に這い上がった。だが、中にいた理沙はリモコンを手にして良平の方に向けていた。
「何のつもりだ、理沙?」
「こうするのよ」
 間髪入れず、理沙はリモコンのスイッチを押した。
「ああああああああああああああ!」
 良平はまた叫び声を上げて床に転がった。
「り……さ……!」
 床をかきむしりながらも理沙の足をつかもうとしたが、理沙は素早く後ろへ退がっていた。
「捨てるんじゃないの。殺すのよ、SNR! そいつの頭を踏みつぶしなさい!」
 ドカッと鈍い音がした。良平はすんでのところでロボットの足を交わしていた。目の前にあるロボットの足が床にめり込んでいた。
「何をしてるの! 殺すのよ! 首を絞めなさい!」
 SNRは理沙に命令された通り、良平の胸ぐらをつかんで引きずり起こすと、もう一方の手で喉首をつかんだ。
「ぐはっ!」
 良平は口からごぼっと血を吐いた。首を締めつけているロボットの腕をつかんで引き離そうとしたが、体に力が入らずどうにもならない。意識がだんだん遠のいていく。
「さあ、息の根を止めなさい」
 理沙の声が聞こえた。しかし次にロボットは良平を放したかと思うと、そのまま仰向けにひっくり返って動かなくなってしまった。床に焼け焦げた跡があり、煙が立ち昇っている。良平は床に転がったままゆっくりと目を開けた。
「どうしたの、SNR! しっかりなさい!」
「そいつはもうスクラップだ」
 良平は理沙の顔を見上げて言った。
「何をしたの?」
「ショートさせてやった」
 理沙は慌ててまたリモコンのスイッチを押した。良平はゆっくりと立ち上がると、理沙と向き合った。理沙はむきになってスイッチを押しまくった。良平は首を横に振ってみせた。
「無駄だ」
 理沙は驚きの眼で良平を見ていたが、リモコンのスイッチを押す以外為す術がないようだった。
「その訳を教えてやろう」
 そう言うと、良平は自分の後頭部に右手の親指と人差し指を当てた。指がズブズブと頭にめり込んでいった。再び指を引き抜いた時には、二本の指の間に、何か血に塗れた小さな塊が挟まれていた。彼はそのまま指で血を拭い取った。まだ血がついていたものの、そこには黒い小さな破片が現れた。
「今までこの俺の脳を操り続けてきたマイクロチップだ。こいつもショートさせてプログラムを消した。もうそのおもちゃをいくら押しても無駄だ」
「よく気がついたわね」
「意識がなくなりかけた時、夢に理沙が現れてこいつの存在を教えてくれたんだ。こいつを頭に埋め込まれてからの俺の行動は、何から何まで真鍋の命令だったのかもしれんな」
「良かったわ、良平、あなたが元に戻って。気が狂ったのかと思ったのよ」
 理沙は急に笑顔を作ると、良平の胸に飛び込んで来た。彼は一旦は彼女を受け止めたものの、すぐにその体を突き放した。
「おまえは理沙じゃない」
 理沙の顔から笑みが消えた。
「私は理沙よ。あなたの恋人の理沙よ」
 そう言うと、理沙はそっと良平の手を取った。
「違う。おまえはクローンだ。理沙でないことくらい最初から百も承知だ。理沙は俺を良平と呼んだことは一度もない。いつも良と呼んでいた。おまえが俺について知っていることは、真鍋が植えつけた偽の記憶だ」
 そう言いながら、良平は理沙の手をゆっくりと振り払った。
「私を殺すつもりなの?」
 今度は理沙は慈悲を乞うような目つきをして言った。良平は寂しげな表情をして溜息を洩らした。
「なぜそれほどまで卑屈になれるんだ? おまえはさっきまでは俺を殺そうとした。今度は媚を売って命乞いをする。肉体は全く同じでも、おまえは決して理沙じゃない」
 良平がそう言うと、理沙は急に怒りを露わにし、手にしたリモコンを床に叩きつけると、良平を睨んだ。
「あなたの理沙じゃないわ! あなたの理沙がどうしたって言うの! 私にはちっとも関係のない死人よ! あなたと真鍋の身勝手で私は生まれて来なければならなかった。あなたに私の気持ちがわかる? 死んだ恋人のことが忘れられない女々しい男の未練のせいで、慰み物として作り出された置き人形よ! 私はあなたたちの犠牲者以外の何者でもない」
「そうじゃない」
「いえ、そうよ!」
「違う。俺がなぜ操り人形になってまでおまえを生み出してくれるように頼んだか、それは、遺伝子が全く同じ、全く同じ肉体を持っていようと、理沙の心まで蘇らせることはできないくらいのことは、死にかけていたその時の俺の頭でも考えることができた。ただ、俺のせいで死んだ理沙に対してできる俺の償いと言えば、それしかなかったんだ――せめて肉体だけでもこの世に蘇ってもらいたい」
「あなたは間違ってるわ。それはあなたのエゴに過ぎない」
 良平は少し黙り込んだものの、理沙の言うことを否定はしなかった。
「そうだ。そうに違いない」
「私はあなたがここに戻って来たと聞いた時、嬉しくてしょうがなかったわ。真鍋を殺してくれるかもしれない、そうして私を自由にしてくれるかもしれない――そう思ったからよ。私は生まれてからというもの、真鍋のおもちゃに過ぎなかった。あいつの好きなように記憶を植えつけられ、時には慰み物にもされたわ。でも私に抵抗することができたと思う? 大人として生まれ、この世界に他に頼る人は一人もいない私に」
「すまん……」
 良平は項垂れたまま、あとは言葉がなかった。
「いいえ、きっと私はあなたに感謝すべきなのよ。私の望みを叶えてくれたんだもの。悪魔を殺し、この私を解放してくれた。やっと鎖は解かれた。私は自由よ、おほほほほ」
 良平には、無理に笑おうとする理沙が痛々しく思えてならなかった。
「これからどうするつもりだ?」
「これから私がどうしようと、あなたの知ったことじゃないわ。私はあなたの理沙でもなければ、真鍋の着せ替え人形の理沙でもないの。一人の理沙として生きてくのよ。真鍋に無理やり植えつけられた知識を用いて、今度は私がここの支配者に取って代わってやるわ。これからはジョージは私の操り人形になるの」
「そんなことはよせ。くだらん」
「ふん、指図しないでよ。あなたの命令は一切受けないわ。あなたにそんな権利があるとでも言うの?」
「そんな馬鹿な真似はやめてくれと頼んでるんだ」
「ほっといてよ、私がどうしようと、私が決めることよ。あなたの過去の罪はもう許してあげる。だって私を自由の身にしてくれたんだもの。でも私を生み出させたあなたの身勝手は忘れない。あなたを許すことはできても、この恨みだけは決して忘れることはできないのよ。さあ、もうここから出てって! あなたの顔なんか見たくはないのよ」
 良平は黙って頷くと、理沙に背を向けて歩き出した。
「いつか私はこの国の支配者になってみせるわ。人間たちも、ミュータントたちも、みんなこの私の前に跪くのよ。みんなみんな、奴隷にしてやる! それが私の復讐よ! 良平、あなたもよ! 覚えときなさい! おっほほほ」
 まだ言い足りないかのように、理沙は良平の後ろ姿に向かって言葉を投げつけていた。
(おまえも人間だというのに……)
 しかし彼はその言葉を口に出して言おうとはしなかった。理沙の嘲り笑う声がいつまでも聞こえていた。だが彼の耳にはその声が、はぐれ狼の空しい遠吠えとして響くばかりだった。
(理沙、おまえはまた独りぼっち。俺と再び相交わることもないのか……)
 夜の街には木枯らしが吹きすさんでいた。良平は、夜風が急に身に凍みるのを感じた。






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